(ドイツも)憲法改悪の口実に海賊を利用
Ludwig Weller
2009年5月18日
ドイツ国民は、三週間遅れで、ようやく、エリートGSG 9 警察部隊とドイツ軍を、ソマリア沿岸沖に大規模に派兵するという計画の詳細を知ることになった。政府の最高レベルによって作り上げられ、承認されたこの計画は、4月4日にソマリ人海賊によって乗っ取られたドイツ・コンテナ船「ハンザ・スタヴァンゲル号」を、エリートのGSG 9部隊が、急襲することを想定していた。作戦は、ぎりぎりの瞬間で、アメリカ政府が、ヘリコプター空母を、ドイツ軍に提供するという申し出を撤回したたとで停止した。
ドイツ貨物船の奪還計画は、ドイツ戦後史における最大の秘密軍事作戦の一つだ。ソマリ人海賊が「ハンザ・スタヴァンゲル」と、ドイツ人船員5名を含む乗組員を、捕獲した直後に、ドイツ政府は作戦計画をたて始めた。
大虐殺にへと容易に転化しかねなかったこの冒険主義的作戦の主立案者は、ドイツ内相ヴォルフガング・ショイブレ(キリスト教民主同盟、CDU)と、外務大臣フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー(社会民主党、SPD)だ。内部情報に基づき、デア・シュピーゲル誌は、作戦準備と、内相、国防相と外相との間での激烈な議論に関して、詳細に報じた。
三つの省が、作戦を遂行するため、次官や、高官たちの小グループを任命した。彼らは、ハイジャックの翌日に、危機管理委員会をたちあげ、ベルリンの国防省で、毎日会合し始めた。
シュタインマイヤーの外務次官で、SPDに近い人物、ラインハルト・ジルバーベルクが、危機管理委員会の委員長となったが、彼はより積極的なドイツの軍事的役割を熱烈に支持する人物と見なされている。
内相ショイブレは、内務次官アウグスト・ハニングを危機管理委員会に参加させた。2005年まで、ハニングは、ドイツ情報庁(BND)長官だった。長年にわたり、彼は国家機構を強化するという、ショイブレの方針を支持し、基本的な民主的権利を弱体化させてきた。2007年にドイツで開催されたG8サミット期間、ハニングは、警察活動の責任者であり、活動は1,000人以上の抗議デモ参加者の逮捕で終えた。
KSKドイツ特殊部隊の派兵には、法的な障害があるため、危機管理委員会は、GSG 9対テロ部隊を出動させることを決めた。この部隊は、連邦警察の特殊部隊であり、派兵に、ドイツ国会での承認が必要なKSKとは異なり、ショイブレ内務省の管理下にある。
最初、国防省は、逃げる海賊を追いかけるため、インド洋を巡回していた海軍フリゲート艦「ラインランド-プファルツ」と「メックレンブルグ-フォルポンメルン」を派遣した。ジルバーベルク外務次官は、当時、あからさまに発言していた。「船上に海賊が5人しかいないのであれば、一撃を加えて、迅速に決着をつけることが可能だ。」とはいえ海賊は逃げおおせ、援軍を得てしまった。
デア・シュピーゲルによると、ショイブレと外務次官は、軍があまりに「煮え切らない」と文句を言ったという。ショイブレは、アメリカに支援を求めるべきだと言って、あまりに「友邦」に依存することに対し、警告していた外務省の立場とは対照的な、自分の考えを主張していた。ペンタゴンは、そこでドイツの作戦を進んで支援すると宣言し、GSG 9が、米海軍のヘリコプター空母である強襲揚陸艦ボクサーを使えるようにした。
デア・シュピーゲルは、奇襲作戦の内容をこう説明している。「金曜日、連邦政府は、とうとう行動できる。アントノフAn-124二機、イリューシンIl-76三機、C-160トランザール一機、エアバス一機が、復活祭の日曜日、兵器、爆薬と、6輌のプーマ装甲歩兵戦闘車とベル・ヘリコプターを搭載し、モンバサへと飛んだ。技術支援部隊が、GSG 9の兵站を準備し、先遣特殊部隊に続く、残り200人以上の兵士を用意した。」追加支援として、兵士800人を載せた4隻のドイツ戦艦が、強襲揚陸艦ボクサーを護衛すべく配備された。
ポツダムのGSG 9本部は、30人の完全武装した海賊との銃撃戦は、大虐殺になりかねないと警告しており、作戦の実行可能性には疑念があったにもかかわらず、ハニングとジルバーベルクの両次官は、5月1日夜に計画した作戦を実行するという決断を変えなかった。
デア・シュピーゲル記事は、外務大臣シュタインマイヤーが、この軍事作戦にどれほど深く関与していたかということも明らかにしている。計画段階の重要な時期に、彼はアフガニスタン訪問旅行中だったが、秘密の電話回線経由で、定期的に進捗状況報告を得ていたのだ。
結局は、オバマ政権が、4月29日にブレーキを引いたため、配備は行われなかった。オバマの国家安全保障問題担当顧問ジェームズ・ジョーンズが、ドイツのアンゲラ・メルケル首相に電話して、アメリカ軍には、作戦が余りに危険と思われるので、もはや米軍強襲揚陸艦ボクサーを提供することはできないと語ったのだ。
時折、より強力なドイツ軍の必要性という声を上げてきたデア・シュピーゲル誌は、不成功に終わった作戦について、以下の様に書いている。「この拒否は、内相ヴォルフガング・ショイブレ(CDU)と、外務大臣フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー(SPD)にとっては痛打だった。二人は、もしもできることであれば、この人質事件を軍事力で終わらせたいと望んでいた。彼らは、定期的に首相に報告しており、首相の了解を得ていた。ショイブレとシュタインマイヤーは、過去数年間の金力外交にあきあきしており、国際的カリスマがある前例を打ち立てたがっていたのだ。つまり「見てみろ、もはやドイツは、ギャングやテロリストには金を支払わない。ドイツは違うやり方で対処できるのだ。」
雑誌はそしてこう結論している。「ベルリンで、事がおかしくなった。作戦は三週間続き、財務省の負担が、近年支払われた全ての身代金支払いよりも、何百万もかかっている。GSG 9は、今回の試みで明らかなように、より良い兵站、飛行機、艦船無しには、十分迅速に対応することができないのだ。全てをドイツ軍の手中に集中すべきことが明白なように思われる。」
これはまさに、CDUと姉妹政党、キリスト教社会同盟、そして、SPD内部の各派が、長らく追求してきた路線だ。ようやく先週になって、ショイブレは再び、基本法の改訂を要求し、メルケル首相の支持を得た。ショイブレの狙いは、本質的に、ドイツ憲法が規定する、軍と警察の分離を撤廃することだ。内相は、ドイツ兵を、いつでも、国内にも、海外にも派兵できる権力が欲しいのだ。
ジャーナリストのヘリベルト・プラントルも、スード・ドィッチェ・ツァィトゥングの解説記事で、同じ結論を出している。「ショイブレは、海賊を、彼が常に望んでいたことを実現するためのひっかけかぎとして利用している。それは、汎用の安全保障部隊として、軍隊を大規模に派兵することだ。」
既に、内相ショイブレは、クルド人が道路を封鎖した抗議デモを、軍隊を出動させる口実に利用したことがあり、最近のドイツでのサッカーW杯期間にも、軍隊によるサッカー場警備を実現させるため、彼はヒステリーをかきたてようとした。今や彼は、海賊を自分の目的実現を推進するための口実として利用している。
12月19日にドイツ国会で合意された権限は、ドイツ兵士が、攻撃するだけでなく、敵側船舶を沈没させることも認めているという事実があるにも関わらず、こうした事態展開だ。そのような派兵は、対海賊措置として、欧州連合によって2008年11月に採用され、欧州連合によるソマリア海賊対策作戦であるアタランタ作戦の中に織り込まれている。
SPDの大半は、現状、少なくともこの秋に予定されている連邦選挙まで、軍が警察活動を引き受けることを認めるような、基本法のいかなる改訂にも反対している。その後は、状況は変わりうる。SPDの軍事専門家ライネル・アルノルドは、二つのエリート部隊、GSG 9とKSK、の統合、少なくとも、彼らが「参加し、共同作戦を行えるように」したいと要求している。
SPDの一派閥のリーダーペーター・シュトルックは、こう発言している。「ドイツは、明らかに、こうした人質事件を、自力で解決することは出来ず、外部の援助に依存している ... 同様な事件に向けて、我々自身で、武装する能力を発展させるべきか否かを、真剣に自ら問わねばなるまい。」
国内でも、海外でも、好きな時に、国会の制約無しに、ドイツ軍を「総合治安部隊」として派兵しようという、ショイブレの揺るぎないキャンペーンは、必要とあらば、自分たちの権益を、力づくで押しつけることに、ドイツ支配層エリートの関心が増大しているのと照応している。
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2009/may2009/germ-m18.shtml
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いずくも同じ、初夏の夕暮れ。
中村正三郎さんのブログHOT CORNER 記事で知った新書、下條信輔著「サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 」209ページに、以下の記述がある。
†無意識へ働きかける危険
たとえば、自衛隊の海外派遣という具体的な問題を考えてみましょう。これについて政府が、国民の同意を混乱なく、すみやかに取り付けたいと考えたとします(仮に、の話です)。どういう手順が一番良いでしょうか。
あえて中身が曖昧なままでも、とりあえずの大義名分に大筋の合意だけ取り付けてしまう。そうすれば、細部や具体的な法整備にも全息を得やすくなるかも知れません。そこには「最初のコミットメントに対して後の行動の首尾一貫性を保つ」という潜在心理のルールが働くからです。
残念ながら、仮にではなく、まさにこれを狙って、政治家とマスコミは、海賊対策法案を推進しているのだろう。じわじわと既成事実を積み重ねて、憲法を台無しにするために。
「憲法9条は、アメリカの押しつけだから、廃棄するのだ」という人々がいる。前半はその通りだろう。
しかし、憲法9条があるから、属国になっているのではなかろう。安保条約が、憲法の上にあるために、属国になっているのだ。憲法9条廃棄を唄う人々は、なぜ「独立する第一歩は、安保条約廃棄だ」と、なぜ考えないのだろう。どうして、憲法9条までで、思考停止するのだろう。思考停止しているのであれば、それは知的レベルが低すぎるということになろう。それこそが、本当に問題の核なのだ、と知っていて、言わないのであれば、誠実さにかけるだろう。憲法9条廃止論者には、是非、安保条約についてのお考えを、並記いただきたいものだ。
岸田秀の新刊対談集『官僚病から日本を救うために』新書館刊には、彼の持論が随所に書かれている。以下は、272-273ページからの引用。全く同感。
安倍政権のときに朝日新聞に書きましたが、私は現時点での改憲には反対です。今日本は事実上はアメリカの属国なのだから、こんな状態のときに憲法を改正すればアメリカに都合のいい改憲になって、自衛隊はアメリカ軍の便利な無料傭兵になっていいように使われるだけですよ。
ただぼくは、改憲自体には必ずしも反対ではない。ただし、改憲するなら、アメリカ軍基地が日本からなくなって、アメリカ兵が日本からいなくなるまで待つ必要があると思ってます。
そのときに国民的合意の上でね、戦争放棄を謳い非武装中立を選び平和憲法を押し通し、それでアメリカかロシアか中国か北朝鮮かに攻め込まれて滅びるなら自分の決断の結果ですから、それはしょうがないと諦めることができる自信があるのなら、平和憲法もいいですよ。しかし今の平和憲法は、日本が再びアメリカに反抗して将来戦争を仕掛けることがないようにとアメリカの安全のためにつくられたものですから、国民のプライドに反するわけでね、いつかは改憲しなきやいけないでしょう。ただ今は改憲するべきではない。
そして、ニール・ポストマン、スティーブ・パワーズ著『TVニュース 七つの大罪』(邦訳題名、翻訳は1995刊、現在は絶版?古書しか手にはいらない。)(原題 HOW TO WATCH TV NEWS 改訂版は2008年Penguin刊)の著者まえがき(Preface x)に、いみじくもこうある。訳してみよう(Steve Powersが、全編にわたって加筆しているので、旧版邦訳のものとは、原文が異なるのだろう。)
テレビのニュースが、伝えていると主張していることと、実際に伝えていることは、別物だ、という結論に我々は達した。テレビ・ニュース番組を理解するのに備える為の、整然とした正確な本があれば有用だろうという結論に至った。お手許にある本が、その所産だ。
この件について、何事かを語る以前に、まず、新聞、雑誌、書籍を貪欲に読まない人々は、本質的に、テレビ・ニュース番組を視聴する態勢ができていないのだということを指摘しておかねばならない。これは将来もあてはまるだろう。
中略(天安門事件で、戦車の前に立っていた学生の画像を忘れる人はあるまい。云々)
人は、誰が中国を支配しているのか、そして支配者たちの出自はどうなのか、どのような権威、イデオロギーで、支配していると彼らは主張しているのか、学生たちが、どのように自由とデモクラシーを理解していたかを、知ることが必要だろう。こうしたものごとは、単純なテレビ・ニュース報道の範囲を超えており、新聞や書籍を多読することによって、学習するしかない。
したがって、テレビ・ニュースを見るための準備として、我々が最初に教えるべきことは、多読をして、我々の頭を準備させるということだ。この事は非常に重要なので、あえてまえがきに含めることとした。この極めて重要なことを明らかにした上で、他の項目を以下に検討することにしよう。
残念ながら、大手新聞のほとんど、テレビと同じ翼賛体制喧伝の道具と化している現在、いくら商業新聞の多読をしても、洗脳されるばかりで、テレビ・ニュースを冷静に読み取る助けにはなるまい。書籍の多読が必要だろう。
漢字検定やTOEICの不祥事が話題になるが、意味のある、本当の「テレビ視聴検定」、「インターネット検定」でもあれば良いのにと夢想する。
合格しないとテレビが見られない。あるいは、見る時間が極端に制限される制度だ。
そうした検定ができれば、世の中、不合格者だらけになり、テレビ視聴検定、インターネット検定の予備校が駅前に林立するだろう。英会話を習いにゆくより、はるかにためになるには違いない。(もちろんこれは、金も時間もなく、英会話を習いにゆきそこね、アメリカ留学も駐在もできなかった僻み:-)
しかし、そんなリテラシー教育をすれば、世の中、ひっくり返るので、与党・役人が、そういうものを作るわけもない。ショート・ショートとして面白い話ができそうだが。
そう、昔、サトウ・サンペイの漫画に、「歩行者免許」というのがあったのだ。小股・中股・大股免許...。免許を取得しないと、町を歩けないというのだが。
「リテラシー検定の証明書がない人は、選挙権をえられない」という制度にすれば、自分の首をしめる人に喜んで投票するという不思議な習慣はなくなるのだろうか?そもそも、自分の首をしめる人に喜んで投票する方々は、「リテラシー検定の証明書がない人は、選挙権をえられない」という考え方に、猛烈な反対をされるだろう。
おテレビ様と日本人 林秀彦著 成甲書房刊も、お勧め。
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