« パキスタン国内でのアメリカの攻撃、新たな戦争の徴候 | トップページ | ロシア、ヨーロッパとアメリカ: 基本的地政学 »

2008年9月12日 (金)

本当の麻薬王:CIAの麻薬取引関与小史

ウィリアム・ブルム

2008年8月30日

revolutionradio.org

1947年から1951年、フランス

アルフレッド・W・マッコイの著書The Politics of Heroin in Southeast Asia、によると、CIAの武器、資金とデマが、マルセイユのコルシカ島人犯罪組織が、労働組合の支配を共産党から奪取することを可能にした。コルシカ島人は、政治的影響力と、波止場の支配権を獲得し、マフィア麻薬密売人との長期的協力関係を固めるのに理想的な状況となり、マルセイユは、西側世界において、戦後のヘロインの中心地となった。コルシカ島人が波止場地区を掌握してから、わずか数カ月後、マルセイユで最初のヘロイン研究所が1951年に開設された。

1950年代初期、東南アジア

中国共産党に対する戦争遂行のためにCIAが組織した中国国民党軍は、世界最大のアヘンとヘロインの供給源、ゴールデン・トライアングル(ビルマ、タイとラオスの一部)のアヘン豪族となった。ClAが主要株主であるエア・アメリカが、麻薬を東南アジア全域に空輸した。(クリストファー・ロビンズ著、エア・アメリカ、Avon Books、1985、第9章を参照)

1950年代から1970年代初期、インドシナ

アメリカ軍が、ラオスやインドシナの他地域に介入していた間、エア・アメリカは、アヘンとヘロインを地域中に空輸した。ベトナムに駐留した多くのGlが麻薬中毒になった。北部ラオスのCIA本部に作られた研究所がヘロイン精製に使われた。十年間のアメリカ軍事介入後、東南アジアは、世界中の違法アヘン70パーセントの供給源、アメリカの成長著しいヘロイン市場への原料主要供給源となった。

1973-80、オーストラリア

シドニーにあるヌガン・ハンド銀行は、事実上CIA銀行だった。同行の幹部には、同社弁護士の一人でもあった元CIA長官ウイリアム・コルビーを含む、アメリカ人将軍、提督やCIAネットワーク関係者がいた。サウジアラビア、ヨーロッパ、東南アジア、南米やアメリカの支店を通じて、ヌガン・ハンド銀行は、麻薬取引、マネーローンダリングや国際的武器取引に資金を提供した。1980年、何人かが謎の死を遂げるさなか、同行は倒産し、$5000万ドルの負債が残った。(ジョナサン・クウィトニー著、The Crimes of Patriots: A True Tale of Dope、Dirty Money and the CIA、W.W. Norton & Co.、1987年刊行、を参照。)

1970年代と1980年代、パナマ

この将軍が麻薬密輸とマネーローンダリングに深く関与していることを、アメリカの麻薬取り締まり当局が1971年という早い時期から知っていながら、パナマ独裁者のマヌエル・ノリエガは、十年間以上、高給をはむCIA情報提供者、協力者だった。ノリエガは、コントラに対する「麻薬と交換用の銃砲」貨物便の便宜をはかり、保護とパイロット、麻薬カルテル幹部の為の安全な隠れ場、目立たない金融機関銀行を提供した。当時のClA長官ウイリアム・ウエブスターや何人かのDEA職員を含むアメリカ官僚は、(メデリン・カルテルのパトロンの競争相手に対してだけだったが)麻薬取引を妨害した努力に対して、ノリエガに称賛の手紙を送った。アメリカ政府は、彼がキューバ人やサンディニスタたちに諜報情報や活動を提供していることを発見すると、ようやくノリエガと敵対し、1989年12月パナマに侵略し、将軍を誘拐した。皮肉なことに、パナマ経由の麻薬取引は、アメリカ侵略後に増大した。(John Dinges, Our Man in Panama, Random House, 1991; National Security Archive Documentation Packet The Contra, Cocaine, and Covert Operations.)

1980年代、中米

サンノゼ・マーキュリー・ニューズの連載記事は、CIA、コントラとコカイン・カルテルという、織り混じった作戦中のより糸の一本にすぎない。ニカラグアの左翼サンディニスタ政府を打倒することに熱中するあまり、レーガン政権の官僚は、麻薬密売人たちが、反共ゲリラのコントラを支援している限り、麻薬取引を大目に見ていた。1989年、テロリズム,麻薬,国際作戦に関する上院小委員会(ケリー委員会)は、以下のように述べて、三年間の捜査の結論とした。

「個別のコントラ、コントラへの供給業者、コントラのために働いたコントラの傭兵パイロット、そして地域全域のコントラ支持者の側が、交戦地帯を経由した麻薬密輸実質的証拠があった …。中米に関与していたアメリカ人官僚は、対ニカラグア戦争推進工作を台無しにするのを恐れるあまり、麻薬問題に対処しそこねた …。いずれの場合も、麻薬取引に関する情報を、その取引の最中なり、その直後にはアメリカ政府のどれかの機関が持っていた…。麻薬による資金はコントラ資金援助問題完璧な解決策だという発想に、アメリカの政策立案幹部は免疫がなかった。」(Drugs, Law Enforcement and Foreign Policy, a Report of the Senate Committee on Foreign Relations, Subcommittee on Terrorism, Narcotics and International Operations, 1989)

コントラの「南部戦線」として機能したコスタリカには(ホンジュラスは北部戦線だった )、麻薬取引に関与するいくつかの異なるClA-コントラ・ネットワークがあった。マーキュリー・ニューズが詳細を報じたメネセス-ブランドン作戦のために働いた連中や、ノリエガの工作に加え、CIA工作員ジョン・ハルという人物がいた。コスタリカとニカラグアの国境沿いにあった彼の農場は、コントラ作戦の主要舞台だった。ハルや他のClAとつながったコントラの支持者やパイロットが、マイアミに本拠を持つコロンビア人の大物麻薬密売人ジョージ・モラレスとくんだ。モラレスは、300万ドルの現金と、飛行機数機をコントラ指導者に渡したことを後に認めた。1989年、コスタリカ政府がハルを麻薬取引で告訴すると、DEAが雇った飛行機が、こっそり違法にこのCIA工作員を、ハイチ経由で、マイアミへと移送した。裁判にかけるため、ハルをコスタリカに送還させようというコスタリカの努力を、アメリカは再三妨害した。コスタリカに本拠をおく別の麻薬組織には、CIAがコントラ用の軍事訓練担当者として雇用したキューバ系アメリカ人の集団がからんでいた。彼らの多くはCIAとの麻薬取引に長らく関与していた。彼らはコントラの飛行機とコスタリカに本拠を持つ船会社を使い、CIAのために資金を洗浄し、コカインをアメリカに運び込んだ。コスタリカだけが唯一のルートではなかった。CIAと深い関係を持っているグアテマラ軍諜報組織が多数の麻薬密売人を匿った。DEAによると、コカイン・ハイウエイ上のもう一つの中間駅だった。

さらに、メデリン・カルテルの在マイアミ経理担当者ラモン・ミリアン・ロドリゲスは、エルサルバドルのイロパンゴ空軍基地を本拠地にしていたベテランCIA工作員フェリックス・ロドリゲスを通して、1000万ドル近くを、ニカラグア・コントラに注ぎ込んだと証言した。コントラは、これらのClAとつながった麻薬ネットワークに、保護とインフラストラクチャー(飛行機、パイロット、滑走路、倉庫、トンネル会社や銀行)とを提供した。少なくとも麻薬取引に関して捜査されていた運輸会社四社は、非致命的な武器をコントラに輸送するアメリカ政府の契約を得ていた。「元」ClA所有で、後にはペンタゴンと契約していた、サザン・エア・トランスポートも、麻薬密売に関与していた。コカインを積んだ飛行機が、フロリダ州、テキサス州、ルイジアナや、「コントラ同業組合」として指定されているいくつかの軍事基地をふくめた他の場所に空輸した。こうした貨物は検査を受けないことになっていた。内情を知らされていない官庁が彼らを逮捕すると、太いコネを使って、訴訟の取り下げ、無罪放免、減刑判決、あるいは、国外追放を実現させていた。

1980年代から1990年代初期、アフガニスタン

ClAが支援したムジャヒディン・ゲリラは、ソ連が支援する政府や、非常に遅れたアフガニスタン社会を改革しようという彼らの計画と戦う一方、麻薬取引に深く関与していた。ClAの主要な相手は、グルブッディーン・ヘクマティヤールで、有力な麻薬王、ヘロイン精製業者の一人だった。CIAはトラックとラバを提供したが、これを使って、武器をアフガニスタンに運び込み、アヘンをアフガニスタン・パキスタン国境沿いの工場に運ぶのに用いられた。生産物は、アメリカ合州国で毎年消費されるヘロインの二分の一、西欧で使われる四分の三を満たした。アメリカ人の役人は、1990年、同盟相手のパキスタン人やアフガニスタン人を怒らせたくないという願望から、麻薬事業の捜査、あるいは取り締まりをやりそこなったことを認めた。1993年、あるDEAの役人は、アフガニスタンを麻薬世界の新コロンビアと呼んだ。

1980年代中頃から199O年代初期、ハイチ

ハイチの軍と政治の有力な人物と協力しながら、CIAは顧客の麻薬取引を見て見ぬ振りをした。1986年、CIAは新しいハイチの組織、国家情報庁(SIN)を創設して、給与支払い名簿に新たな名前を書き加えた。SINはコカイン取引と戦うため創設したのだと言われてはいたが、SIN職員自身が密輸に従事し、取引でハイチ軍や政治指導者の犯罪を幇助した。

ウィリアム・ブルムは、Killing Hope: U.S Military and CIA Interventions Since World War ll の著者。本はCommon Courage Press、P.O. Box 702、Monroe、Maine、04951で購入可能。

記事原文のurl:revolutionradio.org/2008/08/30/the-real-drug-lords/

Killing Hopeの一部は、ご本人のwebにものっている。

帝国への血塗られた道 ウィリアム・ブルムとのインタビュー

益岡賢氏が訳しておられる。Killing Hopeについての長文!

ウィリアム・ブルムの本『アメリカの国家犯罪全書』は翻訳・刊行されており、日本語でよめる。

原書Rogue State 益岡賢訳

« パキスタン国内でのアメリカの攻撃、新たな戦争の徴候 | トップページ | ロシア、ヨーロッパとアメリカ: 基本的地政学 »

アフガニスタン・パキスタン」カテゴリの記事

アメリカ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1335849/33460115

この記事へのトラックバック一覧です: 本当の麻薬王:CIAの麻薬取引関与小史:

« パキスタン国内でのアメリカの攻撃、新たな戦争の徴候 | トップページ | ロシア、ヨーロッパとアメリカ: 基本的地政学 »

お勧め

  • IWJ
    岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal

カテゴリー

ブックマーク

最近のトラックバック

無料ブログはココログ