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2008年7月

2008年7月31日 (木)

ベルリンの民主党大統領候補オバマ、ヨーロッパにアフガニスタンへの兵員増派を要求

Stefan Steinberg

2008年7月26日

およそ200,000人の聴衆を前にしたベルリンでのバラク・オバマ演説は、反共冷戦と、アメリカ帝国主義者の軍国主義や侵略、つまりいわゆる「対テロ世界戦争」という新たな枠組みを推進する企てを、反動的に肯定するものだった。

分かりやすい戦後の米欧関係史が描かれた背景幕を背に、民主党の大統領候補は国際テロという「新たな危険」に対する戦いにおける、二大陸同士のより緊密な協力を呼びかけ、ヨーロッパ諸国政府に、アフガニスタンの兵員を増強するよう要求した。

「対テロ戦争」に軍隊を動員する呼びかけの中で、オバマは、ヨーロッパ諸国民、特にドイツは、戦争嫌いを克服しなければならないとすすめた。民主党の大統領候補は、多くのドイツ人の間に、ドイツ軍のアフガニスタン駐留への反対があることを良く知っており、こう語りかけた。「戦争を歓迎する人はいません。アフガニスタンにおける大変な困難さを私は理解しています ... アメリカ一国だけではできないのです。アフガニスタン国民には、アメリカ軍と皆さんの軍が、アメリカの支援と、みなさんの支援が、タリバンとアルカイダを打ち破るために必要なのです....」

オバマの最初の提案は、ヨーロッパとアメリカが歩調を合わせ「イランに対し、核の野望は捨てなければならないということを直接に」伝えようという呼びかけだった。ドイツとフランスが、当初イラク侵略に反対したことに触れ、彼は言った。「過去の違いにもかかわらず」ヨーロッパは、バグダッドの傀儡政権を安定化させようというアメリカの努力を支援すべきで、「最終的には、この戦争を終わらせるのです」つまり、無期限のアメリカ軍駐留とアメリカのによるイラク支配の受容だ。

本音を語る一つのメッセージで、オバマは、彼が大統領に選出されたからといって、アメリカ軍国主義や、ドイツや他のヨーロッパ諸国に対する軍事的負荷が、減少することを意味するわけではないと示唆した。彼はこう宣言した。「たしかに、アメリカとヨーロッパの間には違いがあり続けています。将来も、違いがあり続けることは疑うべくもありません。しかし、グローバルな市民としての身分という重荷が、私たちを一つに結び続けてくれるでしょう。ワシントンにおいて、指導者が変わるからといって、こうした負荷がなくなるわけではありません。」

オバマは、こうして海外ツアー中唯一の公的演説という機会を利用して、果てしのない戦争と軍事的暴力についての展望を改めて表明した。

オバマ演説の政治的要旨は、金曜日に、演説は「かなり保守的で、際立って愛国的だ。」と好意的な論説を書いた右派共和党の新聞ナショナル・レビューがうまく要約している、論説はこう書いている。

約20分の間、上院議員は以下のような立場を表明した。

* 共産主義者の暴虐への強い非難と、冷戦中、アメリカが巧みに抵抗したことの祝辞。

* 大西洋同盟の継続と、国際安全保障と安全な通商の為の唯一の基盤として、グローバルな協力関係に進化させようという熱烈な訴え。

* 「[テロ]を支援する過激主義という井戸を、干からびさせ」なければならないというブッシュ大統領おはこの主張をも含んだ、対テロ戦争の承認。

* アフガニスタンにおけるNATOの任務への疑う余地のない支持と、ヨーロッパ人はアフガニスタンにより多く派兵するべきだという明確な要請。

* 自由貿易、開かれた国境、そして、グローバル化への公約。

* 中東や他の地域においてデモクラシーを推進することへの支持、これにはイラク戦争で、アメリカ、同盟諸国、および現イラク政府が勝利したのを認めることが含まれる。

* イランは、核の野望をあきらめ「なければならない」という単刀直入な発言。

* そして自由と正義という世界の希望の媒介者としてのアメリカの愛国的描写

オバマの登場に先立ち、前例のないドイツマスコミのキャンペーンが行われ、大統領候補への賞讃があふれかえっていた。多くの新聞が膨大な参加者を予測し、1963年のジョン・F・ケネディ、そして1987年のロナルド・レーガンの時のようなベルリン大集会になぞらえていた。

注目に値するのは、オバマが、公式なアメリカ世論が、冷戦に勝利した人物と認めているレーガンのせりふを喚起させるのを選んだことだ。レーガンのせりふ「ゴルバチョフ書記長、あの壁を取り壊そう」をまねて、オバマはこう宣言した。「皆さんが、ドイツ国民が、あの壁を取り壊しました。東と西を、自由と独裁を、恐怖と希望を隔てていた壁です。壁は世界中で崩壊し.... デモクラシーの扉が開かれました。」

「自由市場」への熱意を決して隠したことのないオバマは、次の文章を「市場も開かれました。」といって始めた。しかしながら、資本主義制度を東欧に導入したことによる、社会の破滅的な結末については一切触れなかった。資本主義化は、東ドイツ産業の大規模な解体と大量失業をもたらし、旧ソ連では、かつて戦乱に見舞われた国々でしかみられなかったほど平均寿命が短くなった。オバマの演説は、アメリカ合州国やヨーロッパの先進工業諸国で何百万人もの人々が直面している社会危機も、世界を新たな大恐慌に陥れようとしているアメリカの金融崩壊も、無視していることも注目に値する。

演説は、同時に複数の聴衆を説得するよう巧みに構成されていた。ドイツとヨーロッパ国民には、発言の中に、異なる文化の団結と、第三世界の貧困や地球温暖化と戦う努力についての曖昧な呼びかけを散りばめた。ドイツとヨーロッパのブルジョアジーには、より親密な協力関係を提案し、アフガニスタンや、他の国におけるアメリカの新植民地主義的な冒険的企てを、ヨーロッパが救ってくれれば、見返りとして、戦利品の大きな分け前が期待できるとほのめかした。

アメリカの支配エリートに対しては、オバマは大統領として、多国間よりの姿勢をとり、欧米の同盟を強化しながら、アメリカ帝国主義の世界的覇権という狙いを押し進める決意を保証した。

ドイツのあらゆる政治党派がオバマの演説を絶賛した。キリスト民主党、キリスト教社会同盟、自由民主党、社会民主党、緑の党や左翼党の指導者たち全員が満足の意を表した。

ドイツとヨーロッパのブルジョアは、概してブッシュ時代の終焉を歓迎し、オバマが大統領になれば、自らの帝国主義的な狙いを追求する機会が増えると見ている。オランダの新聞デ・フォルクスクラントは、オバマのドイツ訪問について、こう書いている。

「近年アメリカは、アフガニスタンやイラクで、またイスラエル-パレスチナ問題や、イランとのウラン論争のような他の国際問題で、力の限界を認めざるをえなくなった。アンゲラ・メルケルやニコラ・サルコジが、国際外交の上で、ますます重要な役割をにないつつある。9月11日以後に、明らかになり、今益々明らかになりつつあることは、冷戦終結以来、アメリカが、主要なあるいは唯一の代表である普遍的価値以外のものは世界に存在しないということだ....アメリカは古くからのNATO同盟国を再び必要としている。」

下記も参照のこと:

What accounts for Europe’s love affair with Obama?(翻訳:ヨーロッパがオバマに夢中になっている理由は何か?

[2008年7月24日]

本記事原文URLアドレス:www.wsws.org/articles/2008/jul2008/berl-j26.shtml

2008年7月26日 (土)

オバマの立候補とアフガニスタンに関する新たな合意

James Cogan

2008年7月21日

週末、アフガニスタン訪問時のバラク・オバマ発言は、大統領選に向けた彼の政治活動が、中東と中央アジアにおけるアメリカ政策の変更を主張している、アメリカ支配層エリートのかなりの部分を代弁するものであることを証明している。軍国主義から何らかの撤退を提案するどころではなく、イラク内の兵員数の迅速な削減と、イランとの緊張関係の軽減をオバマが主張しているのは、単に、アフガニスタンにおけるアメリカ軍作戦の大規模エスカレーションを容易にし、場合によっては、パキスタン国内にまで拡張したいからに他ならない。

昨日CBSのララ・ローガンとの長いインタビューの中で、オバマはアフガニスタンの状況は「危うく、急を要する」と語った。グローバルなテロリストのネットワークは、この地域に「聖域」をもっており、麻薬貿易で稼いでいるのだと彼は言い立てた。「[イラク侵略]によって、アルカイダとタリバンを追跡して捕らえるという努力が逸らされてしまったことに、いかなる疑念もないと思う...」と彼は明言した。

オバマはローガンにこう語った。「イラクからアメリカ軍戦闘部隊の一部を撤退させ、その兵力をアフガニスタンに配備すべき時期だという広範な合意ができつつあります。この機会を逃してはならないと考えています。今こそ、そうすべき時です... もしも次の政権まで待てば、こうした追加兵力をアフガニスタンに投入できるのが更に一年先になります。それは間違えだろうと思います。我々は今何かを始めなければならないほど緊急を要する状態だと思います。」

アフガニスタンにおける兵力増強と、反米過激派に対する、パキスタン国内での介入度を高めるという呼びかけを、オバマは繰り返した。「私が申し上げているのは、もしも我々が、アルカイダ高位メンバーという標的に関する意思決定に必要な情報が得られれば、そして、パキスタン政府が、そうした標的を追い込むのを嫌がるのであれば、アメリカが追いかけなければならないということです」と彼は述べた。対外支援を増強し、パキスタン軍によってゲリラ・キャンプを追い込むよう「パキスタンに強力な圧力をかける」と述べ、国境を越えて一方的に攻撃をする用意があるとも明言した。

イラクに関しては、イリノイ出身の上院議員は、イラク政府は十二月以降のアメリカ軍駐留を規定する、現在交渉中の条約に、アメリカ軍撤退の日程が含まれるべきと考えているという、ヌリ・アル・マリキ首相の発言をまたもや強調した。オバマは明言した。「『我々は資源の投入先を変更する。アメリカは、アフガニスタンに、旅団を更に二団投入する予定だ。パキスタンに対するアメリカの対外援助を、進んで増強するつもりだ』と発言するのは、今こそが完璧な時期です」

オバマのコメントは、彼を「反戦」候補として描きだそうというひどい誤魔化しの企みを強調するものだ。というよりむしろ、イラク戦争は犠牲の大きな戦略的大失態だったと考えている、アメリカの政治・軍事支配層を彼は代弁しているのだ。イラク戦争は、軍隊のかなりの部分を釘付けにし、膨大な資源を費やし、アメリカ国内においては、はなはだしい社会的な断絶を、世界では、アメリカ軍国主義に対する広範な敵意を引き起こしている。

二月、WSWSは、「バラク・オバマ、二つの顔」(原文)という記事で、億万長者ウォーレン・バフェットや元連邦準備制度理事会議長ポール・ボルカーといった企業の大物たちによるオバマ支持について触れた。そこで我々はこう書いた。「引き続く経済危機と高まる社会的緊張によってもたらされている危機と立ち向かうのに、アメリカ最初のアフリカ系アメリカ人大統領となるであろうオバマが最適だと連中が考えているのは確実だ。全て挙国一致と「改革」という名の下で、労働者階級に更に多くの犠牲を要求するのに都合がいい」と同時に、世界に対して新鮮な顔を見せることができ、彼等は、それでアメリカ帝国主義を、ブッシュ政権の遺産である、海外政策の壊滅と、世界的な孤立化の深化から救い出してくれるのではないかと願っているのだ。」

これがまさに、イラクとアフガニスタンの戦争に対するオバマの処方箋の内容だ。アメリカの戦争装置の大きな部分が、イラク占領で身動きがとれなくなっている一方、アメリカ経済とアフガニスタンと中央アジアにおける戦略的野望は、深刻な挫折を味わった。南部アフガニスタンや、パキスタン国境諸州のパシュトゥーン族の中のゲリラたちは、アメリカ/NATO軍やハミド・カルザイ大統領の親占領軍政府に対してのみならず、この地域において、長らくアメリカの極めて重要な同盟国であるパキスタン政府に対してまで、大規模なゲリラ戦争を展開している。パキスタンは、事実上、国境地帯に対する支配力を失っている。

アメリカの支配層の懸念を示すように、タイムズ誌の最新号は、「アフガニスタン-正しい戦争」という見出しのついた表紙だ。同誌は、オバマと共和党のライバル、ジョン・ マケイン両者による、追加兵力投入という主張を目玉にしている。

アフガニスタンの軍事的な状況は、今夏急激に悪化した。占領軍に対する攻撃の数は40パーセント以上増加し、死傷者数は急増している。戦闘激化と、アメリカとNATO軍司令官の必死な状況の指標となるのは、アメリカの飛行機から投下した爆弾の数だ。六月には、646発の爆弾が投下された。この合計は、ほぼ7年間の戦争中、二番目の多さだ。2008年前半には、1,853発の爆弾とミサイルが使われたが、これは昨年の同時期より40パーセントも多い。アナリストたちは、あからさまに、アフガニスタン戦争は10年から20年続くと語っている。

アメリカ統合参謀本部議長マイケル・マレン海軍大将は、アフガニスタンで、更に戦闘旅団が三つも必要だと述べたが、中東における兵員数のおかげで、送るべき旅団がないことを認めたのだ。

ヨーロッパのアメリカ同盟諸国は、アフガニスタンにもっと多くの兵力を派遣しろというアメリカの要求を拒み続けてきた。主な要素の一つは、違法で残虐なイラク侵略の結果、ブッシュ政権に対する敵意が広まっていることに対するヨーロッパ政府の恐れだ。オバマは今週フランス、ドイツとイギリスを訪問する予定だが、選挙キャンペーンでの幻想と空頼みを活用し、アフガニスタン戦争の正統性に関する大衆扇動によって、こうした敵意を克服しようとするだろうことは疑うべくもない。

アフガニスタンにおける軍事状況が悪化している中、ブッシュ政権内部や周辺の勢力による、イランの核施設に対するアメリカまたはイスラエルの軍事攻撃という主張は、オバマ陣営からも、より広範な部分からも、全くの大惨事への処方箋だと見なされている。

軍 対イラン戦争は、アメリカのイラク占領を安定化しようという努力や、兵力のアフガニスタンへの再配備を損なうというあからさまな懸念が、軍内部では表明されている。イランによるゲリラに対する支援に関するアメリカの非難にもかかわらず、多数派シーア派人口の中の、より過激な部分に対処すべく、アメリカが支援するバグダッド政府を支えるため、テヘランは繰り返し介入してきた。今年、占領に反対する聖職者ムクタダ・アル-サドルのマフディ軍団民兵を、マリキ政府とアメリカ軍が、壊滅的に叩きのめす能力を付ける上で、イランの圧力は極めて需要な要素だった。

更に、アメリカの指導的な司令官たちは、対イランの全面的戦争を行う能力に疑念を呈している。マレン海軍大将はフォックス・ニューズでこう語った。「私は非常に懸念しています... これについて以前質問された際に申し上げました。私は現在二つの戦争を同時に戦っており、三つ目の戦争などいりません... それは、アメリカ国内にそのための予備軍がないためではありません。予備軍はあります。私が懸念しているのは、あの地域の不安定さです... あり得る攻撃による意図しない結果が、実際、地域全体にどのような影響を与え、一体どうなるのか、そしてそれを封じ込めるため、我々がとらねばならない行動が何なのか、正確に予測するのは困難です。」

イランに対するアメリカあるいはイスラエルの侵略に関する最近の話し合いの、一つの明らかな結果は、それが石油価格の急激な上昇と世界的なインフレ圧力に貢献してしまうということだ。既に1930年代以来、最も厳しい経済危機に直面している、アメリカの企業エリートは、対イラン戦争の結果として、石油価格が一バレル200ドル以上にあがって欲しいとは決して望んでいない。

ブッシュ政権は、オバマや彼の支援者たちが主張する政策変更に、明らかに適応しつつある。イランとの緊張関係は多少緩和され、テヘランに核燃料濃縮施設を閉鎖させるというアメリカの要求を実現させることについての、外交の重要さがよみがえった。週末の国連安全保障理事会の核問題をめぐる会議で、五カ国の常任理事国と、ドイツとイランを含めたものにアメリカの上級外交官ウイリアム・バーンズが参加した。アメリカがそのような会議に参加したのは初めてのことだ。

イラクについて、ホワイト・ハウスは金曜日に、「イラクからの更なるアメリカ戦闘部隊の削減」に関する「予定時期概略」というマリキの要求に合意する用意があると発表した。アメリカ軍司令官デビッド・ペトレイアス将軍は、年末前にアフガニスタンに「増派」するため、兵士を使えるようにすべく、9月までに三旅団を撤退させる可能性を検討中だと言われている。現在策定されつつある条約が暗に含んでいるのは、何万人ものアメリカ兵士がアメリカ軍が過去五年間、イラクに建設した主要な基地を占拠して、イラクに無期限に駐留するということだ。

これに続き、イラク政府は、石油契約は、アメリカや他国の大手エネルギー・コングロマリットに引き継がれると発表した。イラクにおける兵力削減は、言い換えれば、侵略の主要目的の一つである、この国の膨大なエネルギー資源を掌握するということが、まさに実現されつつある過程にあることを示す徴候に習ったものだ。

オバマの大統領候補という立場は、彼が究極的に成功しようと、すまいとにかかわらず、海外政策を変更するために、こうして活用されている。予備選挙と政党支部幹部会議の間、オバマは現状に反対する草の根運動の指導者なのだという大義名分で、何百万人もの人々が動員された。オバマは指名を獲得するやいなや、共和党右派の政策を奉じて、右への急旋回を始めた。誰が大統領選に勝とうと、戦争が続くことはもはや明らかだ。

またしても、アメリカの選挙は、政府の軍国主義的政策に対する発言の機会、あるいは、軍国主義的政策を終わらせる能力を、アメリカ人から奪い取るよう仕組まれているのだ。アフガニスタンでの新植民地戦争をエスカレートさせるという決定は既になされており、「テロリストの脅威」に関する更に一層のプロパガンダによって正当化されている。その結果、更に何千人もの命が失われ、何十億ドルもの資源が浪費されることになろう。

下記も参照:

Obama outlines policy of endless warオバマ、果てし無き戦争政策の概要を説明

[2008年7月16日]

Obama joins Senate vote to legitimize Bush's domestic spying operation

[2008年7月10日]

Obama's swing to right sparks warnings from “left” backers

[2008年7月9日]

記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2008/jul2008/bara-j21.shtml

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東奥日報には、三沢基地から、F16がタリバン爆撃という記事がある。

NATO、コソボ、アフガニスタンとパキスタン: NATOはアフガニスタンで一体何をしているのか?」は、米日戦争協力条約(日米安全保障条約、あるいは再編という偽名だが)で米日は何をしようとしているのか、と読み替える必要があるだろう。

2008年7月23日 (水)

プーチン、ベネズエラとのより緊密な軍事的協力を期待

RIA Novosti

ノヴォ-オガリョヴォ、7月22日 (RIA Novosti) 22/07/2008 20:23

火曜日、ロシア首相ウラジーミル・プーチンは、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領に、両国の軍事的な結びつきが深まることを期待していると語った。

現在ロシアを公式訪問しているチャベスは、モスクワ近くのプーチンの邸宅で、首相と政治、経済、防衛協力について会談した。

「両国は、協力の法的基盤を強化してきており、新たな協力分野、つまり、運輸、宇宙、ハイテク生産、そして、もちろん、軍事および技術的な協力を通して、両国関係を多角化する方法を検討しています」とプーチンは語った。

会議で、プーチンは、チャベスによるベネズエラ訪問招待を受け入れた。

ロシア大統領ドミトリー・メドヴェージェフは、同日のより早い時間にチャベスと会い、武器と石油の商談を中心に話し合った。

モスクワに到着すると、チャベスは、ロシアとベネズエラが、石油と国防に関し戦略的なパートナーとなるよう呼びかけた。これは「現在アメリカ合州国によって脅かされているベネズエラの主権を保証する」大切なものとなろうと彼は述べた。

ベネズエラは、50機以上の戦闘用ヘリコプター、24機のSu-30MK2戦闘機と、100,000丁のAK-103ライフルをロシアから購入し、国産化ライセンスも持っている。現在の契約金額はおよそ40億ドル。

モスクワは2009年下半期から、ベネズエラに最小10機のMi-28Nヘリコプターの供給を始める予定だ。

両国は、ロシアの「プロジェクト636」キロ級ディーゼル潜水艦三隻と、最小20基のTor-M1対空ミサイル・システムのカラカスへの輸出についても交渉した。この二件の契約が、もしも成立すれば、更に10億ドルの商談となる。

2012年までに軍隊を近代化する国家計画に沿って、ベネズエラは海外からの武器購入に、今後四年間で約300億ドル投資することを計画している。

記事原文のurl:http://en.rian.ru/russia/20080722/114656330.html

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朝鮮日報に、これに先立つ記事がある。2007/07/06

ロシア、ベネズエラに最新鋭潜水艦を輸出へ

2008年7月20日 (日)

オバマ、果てし無き戦争政策の概要を説明

Bill Van Auken

Global Research、2008年7月18日

バラク・オバマが、2008年大統領選挙に「反戦」候補として出馬している、といういかなる誤解も、火曜日の民主党大統領選挙キャンペーンで、国家安全保障とアメリカのイラク戦争についての「重要な演説」だと喧伝されたものの中で、はっきりしたに違いない。

ワシントン、レーガン・ビルディングの密集したアメリカ国旗の背景幕の前で演説し、新植民地主義や侵略戦争に対する何らかの原則に基づく反対からではなく、イラク戦争では、武力展開の失敗のため、アメリカ帝国主義のグローバルな戦略的利益を推進し損ねているという理由から、現在のアメリカのイラク政策に反対していることをオバマは明らかにした。

イリノイ出身の初年上院議員の演説から浮かび上がるのは、11月の選挙は、アメリカ人にとって、戦争に反対の投票をする機会とはならず、単にアメリカ軍が今戦っている二つの植民地型戦争のどちらをエスカレートすべきかの選択になるということだ。

月曜日ニューヨーク・タイムズに掲載された彼についての社説にあったように、火曜日 イラクからのアメリカ戦闘部隊撤退させるという提案は、10,000人もの兵をアフガニスタンに派遣し、現地での戦闘をエスカレートさせる提案とい提案と結びついている。

オバマ演説が痛撃したのは、帝国主義戦略を遂行する上でのブッシュ政権の無能さ批判で、更に、自分がホワイト・ハウスに入ったなら、同じ基本戦略を、より合理的かつ効果的な方法で進めるという暗黙の約束も含まれていた。

彼は政策をこう要約した。「政治的解決にむけて、イラクの指導者たちに圧力をかけ、アメリカ軍を再建し、アフガニスタンと、アメリカのより広範な安全保障関係とに、焦点を合わせなおす、信頼のおけるアメリカ戦闘部隊の再配備である。」

オバマは、就任から16カ月以内にアメリカの「戦闘部隊」をイラクから撤退させるという選挙キャンペーンの約束を繰り返した。ただし、この「配置転換」後も、「残りの兵力」は、対ゲリラ作戦を遂行しながら、アメリカの施設を守り、イラク傀儡軍を訓練、支援し、イラクに残るのだ。疑うべくもなく、この国を無限に占領する何万人ものアメリカ兵が駐留するという課題だ。

オバマは、「現地の司令官たちやイラク政府」との相談に基づいて、自分の計画の「戦術的調整」をするつもりだと強調し、提案している部分的撤退すら、約束したほど迅速には実施される可能性がないことを示唆した。

演説は、オバマが翌週に予定している、イラクとアフガニスタン両国を訪問し、両国にいるアメリカ軍司令官達と会談する「事実調査」出張前になるように計画された。

第二次世界大戦の余波の中、「国連やNATOや世界銀行」等の新たな国際機関を設立し、荒廃したヨーロッパの資本主義を、マーシャル・プランを通して再建するためにアメリカが活動したという、アメリカ帝国主義戦略の遺産を思い起こさせて、オバマは演説を始めた。彼は、60年間にわたる政策を、ワシントンが、2001年9月11日テロ攻撃の後、再びグローバルな指導力を握る為の機会を無駄にしてしまったと考えていることに対比した。

「世界も、また、この邪悪な行為の犯人たちに対し、古くからの同盟諸国も、新たな友人たちも、更には長らく敵対していた国々さえも、団結し、アメリカの側に立った」とオバマは語った。「今一度、アメリカの力と道徳的説得を生かすべき時でした。変化し続ける世界のために、今一度、新たな安全保障戦略を形作るべき時なのです。」

この千載一遇の好機を活用するための原点は、オバマによれば、「アメリカ軍の全力を配備し、9/11に関与した、オサマ・ビン・ラディンや、アルカイダや、タリバンや、全てのテロリストを追い詰めて壊滅させ、一方、アフガニスタンにおける本当の治安を確保する」ことなのだ。

ブッシュ政権は、そうではなく、こうした軍事資源を「9/11攻撃とは全く何の関係もなかった国」イラクに対する戦争に振り向けた、と彼は非難した。彼は続けて言った。「どう考えても、ひたすらイラクだけに、無制限に集中していることは、アメリカを安全に保つための健全な戦略とは言い難い。」

この説明は、アフガニスタン戦争と、イラク戦争の両方の背景となった動機の全く意図的な歪曲だ。いずれも「アメリカを安全に保つ」という目的で始められたものではなく、アメリカ帝国主義の明確な戦略的利益を促進させるためだった。

9/11の攻撃のずっと前から計画されていた、アフガニスタン戦争の中心的な狙いは、ソ連崩壊によって生じた、中央アジアにおける権力の真空状態を利用し、石油と天然ガス資源の世界で二番目の埋蔵量を持つ、この地域におけるアメリカの支配を確保することだった。

この作戦の標的だとされた、オサマ・ビン・ラディン、アルカイダや、タリバンについて言えば、これらはいずれも、最終的分析としては、アメリカ帝国主義自身のこの地域への介入という血まみれの歴史の産物だ。とりわけ1980年代、ソ連が介入した時に、ソ連が支援したアフガニスタン政府とソ連軍と戦うムジヒディン勢力に対し、ワシントンは何百万ドルも資金援助をおこなった時の産物だ。そうした勢力の中に、ビン・ラディンや、アルカイダとタリバンを立ち上げた連中がいたのだ。

CIAが指揮したこの戦争の遺産が、アフガニスタンの荒廃と、ワシントンが、タリバンが権力につくのを支援して、食い止めようとした長引く政治的混沌なのだ。

アメリカがアフガニスタンを侵略してほぼ7年になる今、「大統領として、アルカイダやタリバンに対する戦闘を、しかるべく最優先課題にする。これは我々が勝利しなければならない戦争だ。」とオバマは宣言している。

その目的のため、「更に二つの戦闘旅団をアフガニスタンに」派兵し、ワシントンと同盟するNATO軍に、彼ら自身の兵士を展開する上で、より制限の少ない「大いなる貢献」をさせるよう圧力をかけるとオバマは明言した。

アフガニスタンでの介入を、隣国のパキスタンにも拡大すると彼は続けて明言した。

    「安全保障に対する最大の脅威は、パキスタンの部族地帯にあり、そこでテロリストを訓練し、ゲリラたちがアフガニスタンに出撃している」と彼は警告した。「我々はテロリストの聖域など許せない。大統領として、私は許さない。我々は、アフガニスタン、パキスタンとNATOとの間のより強い、継続的な同盟関係を維持し、国境を確保し、テロリストのキャンプを排除し、国境を越えるゲリラには断固たる処置をとる。アフガニスタン国境地帯に、我々はより多くの兵士、より多くのヘリコプター、より多くの衛星、より多くのプレデーター無人機が必要だ。そして、もしも、パキスタンが行動できない、あるいは、行動しようとしないのであれば、我々はビン・ラディンのような高い階級のテロリスト標的を見つけ出し次第、排除するつもりであることをはっきり言わねばならない。」

アメリカ軍がアフガニスタンでアルカイダと戦闘しているという証拠も、アメリカ人やNATO諸国軍を攻撃している連中の大半が、タリバンの残滓が発布した命令に従っているという証拠も全く無い。5月と6月に69人のアメリカとNATO兵士が死亡した激化した戦闘で、アルカイダの工作員を捕獲したという報告を、ペンタゴンはしていない。

7月6日のアメリカ軍の空爆で、結婚式出席者47人が死亡したが、彼らのほとんど大半が女性と子供であったことにみられるような民間人虐殺をエスカレートした直接の結果として、アメリカが先導する占領に対する抵抗は劇的に増大しているのが現実だ。アメリカ軍部隊やアフガニスタン傀儡軍によって捕獲された人々の恣意的な拘留や頻繁な拷問や、アメリカが支援するハミド・カルザイ大統領の政権の全くの腐敗によっても、怒りは生み出されている。

アメリカ兵9名が死亡したとされる先週日曜日の米軍基地攻撃では、現地の村人達が参加し、攻撃を実施したゲリラに対し、直接の支援を行ったとされている。

「より多くの兵士、より多くのヘリコプター、より多くの衛星、より多くのプレデーター無人機」によって、オバマはこの虐殺をエスカレートすることを提案しているのだ。それにより、更に大きな抵抗をもたらし、更に多くのアメリカ兵士を巻き込む戦争は拡大し、必然的に、アメリカ兵士は国境を越えて、パキスタンにも配備されることになる。

イラクにおける戦争より更にはるかに激しいことが判明した戦争に対し、アメリカ軍を増強するとオバマは明言した。65,000人の兵士と27,000人の海兵隊員による、アメリカ地上軍の全体的な増加と、「正規軍を打ち破り、現代の不正規戦に対応するのに必要な能力に投資する」ことを彼は主張した。

オバマの演説に対するマスコミの反応のほとんどが、これは、民主党基盤に対し、彼がイラクからのアメリカ軍撤退を実現する約束を変えずにいることを請け負うことを狙ったものなのか、あるいは、これが、アメリカ全軍最高司令官として、軍隊を進んで使うことを強調した、更に「中道への移行」なのか、という憶測を中心とするものだ。

実際は、演説は民主党も共和党も一様に含め、大半のアメリカ政治的支配層内部で、合意事項となっていることを反映したものだ。アメリカは、イラクでのアメリカの戦略的利益を、より少ない兵力で、アメリカ資本主義の深化しつつある経済危機を悪化させている経費を月100億ドル以上は使わずに、確保することが可能だという確信が強まりつつある。

このメッセージを強調するために、火曜日、オバマは、アメリカ軍の刷新と、アメリカのイラク介入を救援することを目指した外交政策を主張したイラク・スタディー・グループという超党派パネルで、共和党員の元国務長官ジェームズ・ベーカーと共に議長をした元民主党下院議員リー・ハミルトンに紹介された。

ロバート・ゲーツ国防長官と統合参謀本部議長と、マイケル・マレン海軍大将、いずれもが、アフガニスタンには、アメリカが同国の支配を確保するのに不十分なレベルの兵力しかいない懸念を表明している。二人は、当国に更に10,000人を配備したいと語った。オバマが提案したのと同じ人数だ。

ブッシュさえもが、火曜日朝のホワイト・ハウス記者会見で、ワシントンとNATO同盟諸国は、既にアフガニスタンでの「増派」を始めていると主張し、このテーマを語った。

右側への移行を示す演説について言えば、現実には、オバマは大統領選挙出馬以来、同じテーマを繰り返してきたのだ。民主党プライマリーでは、彼は、主要なライバルのヒラリー・クリントンやジョン・エドワーズが支持した決議である、ブッシュにイラク戦争を始める権限を認める2002年の上院議員投票には反対であることを強調しながらも、イラクとアフガニスタン侵略の両方を正当化するのに使われる「グローバル対テロ戦争」というイデオロギー的な枠組みを受け入れていることを、常に明らかにしてきた。

この立場や、2005年上院に加わるやいなや、戦争に資金供給することに賛成投票したことを考えれば、彼が当時アメリカ上院議員であったなら、ライバルたちと一緒になって、ブッシュにイラク侵略をするための無制限の権限を与える投票をしていただろうと思えない理由はほとんど無い。

フォーリン・アフェアーズ誌に一年前に書いた記事で、イラクでの大混乱の教訓で学んだことは、新たなアメリカの戦争に備える必要性だとオバマは強調している。「我々は、この瞬間を、我々の軍を再建し、軍には未来の任務に備えさせるために使わねばならない」と彼は強調していた。「我々は、わが国や我々の重大な利益に対するあらゆる通常の脅威を迅速に打ち破る能力を保持しなければならない。しかし我々は、非対称的に戦闘し、地球的規模できわめて適応的な軍事作戦を展開する敵と戦うために、現地に兵力を投入するよう、良く準備するようにしなければならない。」

オバマの「左派」擁護者たちが、候補者演説の中の、あけすけな軍国主義や戦争挑発を、「中道派」投票者を獲得することを狙った単なる政治的な道具だとして許すのは明白だが、現実には、候補者は、2009年に実現する民主党政権が期待していることを説明しているのに過ぎない。

政策は、オバマのおはこであった「変化」などという虚ろな政治キャンペーンの修辞によって決められるものなどではなく、深化しつつある、アメリカ資本主義の経済的、社会的危機と、アメリカの経済的衰退を相殺する手段として軍事力を活用し続けるという、アメリカを支配しているエリートの決意によって決まるのだ。

ビル・ヴァン・オーケンによるGlobal Research記事


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免責条項:この記事の意見は著書独自のものであり、必ずしもCentre for Research on Globalizationの意見を反映するものではありません。

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補足:Wikipediaからの抜粋

ビル・ヴァン・オーケンは、Socialist Equality Partyの政治家、活動家。

Socialist Equality Partyは、アメリカの小さなトロツキスト政治政党で、International Committe of the Fourth International系の世界各地の数少ないSocialist Equality Partyの一つ。

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彼による記事の翻訳に下記がある。

バ ラク・オバマ、二つの顔

また、彼の記事ではないが、同じテーマについて書かれた記事に下記がある。

オバマの立候補とアフガニスタンに関する新たな合意

同様に、彼の記事ではないが、アフガニスタンへの(話題の日本から云々も含め)軍隊派兵という世界的な先進資本主義大国の動きの背後にふれている記事として、下記がある。

NATO、 コソボ、アフガニスタンとパキスタン: NATOはアフガニスタンで一体何をしているのか?

ジョージとローラ・ブッシュ、大統領選後コンディ・ライスが理由で離婚か?

2008年7月18日 出典Pravda.ru  (英語版プラウダ)

多くのアメリカ大衆紙は、最近、ジョージ・W・ブッシュ一家の不幸の噂でもちきりだ。最新の噂は、ジョージとローラ・ブッシュが11月の選挙後に離婚するというものだ。

ジョージとローラ・ブッシュ、大統領選後コンディ・ライスが理由で離婚か?

イタリアの新聞ラ・レプブリカは、大衆紙ナショナル・エグザミナーを引用して、アメリカ大統領選挙の後、ジョージとローラ・ブッシュは離婚を予定していると書いている。

スーパーマーケットで売られている大衆紙によると、ジョージとローラ・ブッシュは、ほとんど口をきいていないという。ジョージは大変不幸に感じていて、ローラに別れては欲しくないと思っている。とはいえ、同紙は、ローラは全てに疲れ切っていると書いている。彼女は、自立することに決めたのだと。

カップルが、婚姻関係を未だに維持しているのは、ジョージ・W・ブッシュの大統領期間中は、契約上、二人で暮らさなければならないとされているからだけにすぎない。感情の問題とは全く無関係なのだ。

二人はいずれも、国家には十分つくしたことを確信している。二人は、実際は、ずっと昔に終わってしまったのに、婚姻関係がいまでも続いているふりをしているだけだ。大統領が引退するまで、離婚は秘密とされる予定だ、と同紙は書いている。

大衆紙は離婚をもたらしかねない原因についても論じている。同紙は、ジョージ・W・ブッシュは、アメリカ国務長官、コンドリーザ・ライスと関係をもっていると考えている。大統領政権のある元従業員は、ナショナル・エグザミナー紙に、ローラ・ブッシュは、ホワイト・ハウスから離れていたくて、あるホテルで宿泊したことがあると話した。

ローラ・ブッシュは、離婚すれば2000万ドル貰えるという。

アメリカの大衆紙が、ジョージ・W・ブッシュとコンドリーザ・ライスとの情事について報道するのは今回が初めてではないことは特記に値しよう。ライス女史は二年前の7月、アメリカで大衆紙の噂の的になった。多数のアメリカの新聞が、当時コンディは、ブッシュ大統領と関係をもっていると報道した。

国家安全保障の専門家ウエイン・マドセンは、2006年、ジョージ・W・ブッシュは、かかりつけの精神分析医の診療時に、他の女性に惹かれていると告白したと言っている。伝えられるところでは、ブッシュは、夢想の対象として、コンドリーザ・ライスの名前を挙げたという。

ローラ・ブッシュは、間もなく噂になった。大統領夫人は、その晩ワシントンのメイ・フラワー・ホテルで過ごした。大衆紙各紙は、ローラ・ブッシュは、コンドリーザ・ライスと情事関係があると思えたことが原因の、ブッシュ大統領との口論の後、ホワイト・ハウスを抜け出したと報道した。

中傷する人々は、ワシントンでの公式会議で、ライス女史がおかした深層心理的な言い間違えの話題を思い出すはずだ。常に言葉の選択には非常に注意深いコンドリーザ・ライスが、以下の様に言ったという。「私が主..に話していた時に」といい、突然話を止め「私が、ブッシュ大統領に話していた時に。」と言いなおしたのだと。

ライス女史はブッシュ一家の友人だという評判を得ている。彼女がブッシュ大統領と親しくなれたのは、主に、彼に海外政策についての見識を教える際に、ブッシュと共通の言葉を思いつける唯一の人物であるという事実によっている。

たしかに前任者コリン・パウエルとは違い、ライス女史は、ブッシュ大統領と極めて親密な関係にある。彼女は大統領と一日最低一回は電話で話している。

ブッシュ大統領の元メディア顧問、マーク・マッキノンは、コンドリーザ・ライスは、無限の政治的将来性をもっているので、更に高い地位につくことも難しくはなかろうと語っている。

「彼女には四つも条件が揃っています。共和党員で、女性で、アフリカ系アメリカ人で、国務長官です。」と彼は言う。「共和党の政治舞台には、コンディ・ライス以上のスターはいないと思います。」とマッキノンは語っている。

元記事原文のurl:http://english.pravda.ru/world/americas/18-07-2008/105821-george_laura_bush_divorce-0

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夫妻のゴシップはさておき、我々にも大きな影響がある本質的な話題をこそお読みいただきたいものだと思う。大衆紙や女性週刊誌記事の類を翻訳している暇はない。

ブッシュの最近の発言を翻訳した記事に下記がある。

黒幕には一切触れない、ブッシュの経済演説

民主党大統領候補について翻訳した記事として下記がある。
イラクは一段落?したので、アフガン、パキスタンに戦力を投入するという方針転換?

オバマ、果てし無き戦争政策の概要を説明

この記事と関連して、下記記事を読むと、日本へのアフガン派兵要請(命令)の背後が読めてくるような気がする。

NATO、コソボ、アフガニスタンとパキスタン: NATOはアフガニスタンで一体何をしているのか?


「オバマ、果てし無き戦争政策の概要を説明」の筆者、既に雄弁な政治家の正体について書いている。

バラク・オバマ、二つの顔

下記は、オバマについての、アラブ系アメリカ人による別意見の翻訳。
オ バマの偽りの希望:なぜ私はオバマに投票しないか

共和党大統領候補について翻訳した記事として下記がある。
マケインが勝つと対イラン戦争になる可能性

マケイン、更なる戦争を約束

そもそも、アフガン、イラク侵略の口実となった、「911テロ」は内部犯行ではないか?という記事として、下記がある。

25の容認しえない矛盾:9/11公式説明の決定的な否定 デヴィッド・レイ・グリフィン新刊書評

しかもFBIは、「911テロ」の黒幕が「ビン・ラディン」だとは言っていない。

FBI捜査広報課長、ビン・ラディンを9/11と結びつける確証はないと語る 06年6月10日

オサマ・ビン・ラディンとは何者か? 2001年9月12日


自分たちに都合のよいテロ事件をしかけるのは、彼らの伝統であることは、下記記事でもわかるのではあるまいか。この話題で、スイスの学者による学術書も刊行されている。

大衆を国家に頼らせるべく、無辜の民間人、女性、子供を攻撃せよ<グラディオ作戦>

2008年7月18日 (金)

黒幕には一切触れない、ブッシュの経済演説

Kurt Nimmo

Infowars

2008年7月16日

特殊な才能をもった精神薄弱者が、そのご主人のセリフをうまく鸚鵡返しをするのと同様に、ブッシュは、低迷している経済も、ガソリン価格が一ガロン4ドルを超えたのも、民主党のせいだと述べている。「土曜日、ブッシュ大統領は、議会に急上昇するエネルギー価格に責を負わせようとし、膨大な石油埋蔵量があると思われる原生地帯やオフショア地帯での石油掘削に対する積年の制限を、議員たちは解除しなければならないと語った」とAP通信は報道している。「議会メンバーたちが、高いガソリン価格が我が国民にもたらしている苦痛に、立ち向かうべき時だ」と決定者、総司令官である大統領は語った。「アメリカ人家庭が、高くなった石油価格のためにドルを支払えば、それだけ食卓に載せる食べ物や、子供を大学にいれるために使うドルが減る。アメリカ人はもっと良い生活をしてしかるべきだ。」

天文学的なガソリン価格は、民主党とはなんの関係もない。法外な価格は、不換紙幣の価値低減と、わが国の支配者によるインフレ政策の直接的な結果なのだ。罪をなすりつけるのであれば、連邦準備制度(フェデラル・リザーブ)なり、フェデラル・エクスプレスなりの戸口でも良かろうし、銀行家たちのせいにもできる。ブッシュは、需要と供給のバランスによるものだと信じ込ませようとしているが、アメリカの石油消費は、昨年以来、何百万ガロンも低下している。原因は、インフレーション、つまりグローバル・エリートの命を受けて動く連邦準備制度による、意図的な政策だ。

かつて2005年に、グローバル・エリートは、ビルダーバーグの名を借りて、石油価格を、当時の一バレル40ドルから150ドルに上げようとしたことを思い起こそう。ビルダーバーグの研究者とアメリカン・フリープレスの編集者ジム・タッカーが報告した計画だ。2005年の会議の中で、ヘンリー・キッシンジャーは、参加者の面々に、エリートは石油価格を天井価格を越えて上昇させたいと願っていると語ったのだ。翌年カナダ、オタワでのビルダーバーグ会議で、一バレルの石油価格を、年末までに105ドルに上げることが決定された。この計画は、これまでのところ、単に実現されたばかりでなく、超過達成された。

「グローバル・エリートは、利益を引き上げ、グローバルな経済恐慌をもたらし、中流階級を粉砕するという組織的な計画の一部として、一バレル200ドルをも突き破って、石油価格を上げることをたくらんでいる。彼等は自分たちの目標を達成するための手段として、イランを攻撃することも恐れてはいない」ポール・ジョセフ・ワトソンは、昨年9月に書いている。「ピークオイル理論を売り込み、それを人間がひき起こしている地球温暖化という詐欺話と結びつけて、ビルダーバーグは、中流階級の生活水準が維持不能になり、西欧が第二世界状態に引き下げられ、有力なエリート達が、財政的、政治的な賞金をかっさらうようなレベルにまで石油価格を持ち上げことをねらっている。」ブルームバーグによると、今年始め、ゴールドマン・サックス・グループは、石油価格が2年以内に一バレル150から200ドルになると予測していたという。

「多くのアメリカ家庭にとって困難な時期だ」とブッシュは言う。

本当だろうか? グローバル・エリートが、あちこちでやってきたように、経済に意図的に急激な歯止めをかけるので、これから先の月日は益々困難になるだろうに。

「アメリカ経済の下方スパイラルが始まったのが、デビッド・ロックフェラーとズビグニュー・ブレジンスキーが、三極委員会を創設してから、ごく間もなくのことだった事実は、偶然ではない。」と、オーガスト・レビューは解説している。「我々に「新国際経済秩序」(連中の用語だ)をもたらした政策まさにそのものが、わが国を破滅させたのだ…。わずか30-40年の間に、アメリカは世界中で、最強かつ最も安定している国から、最も弱く、不安定な国の一つになってしまった。童謡マザーグースの人物、あわれな卵のハンプティー・ダンプティーは、塀の上に座っていたのに、おっこちてしまった。しかし、ハンプティー・ダンプティーが、実は略奪をはかるグローバル・エリートに突き落とされたのだという真実を知っている人々は稀だ。

不幸なことに、あまりに多くの人々は、ハンプティー・ダンプティー墜落の真実を知ることができず、代わりに、グローバリストの傀儡ジョージ・ブッシュがのたまう活気のない釈明を受け入れてしまっている。

記事原文url:http://www.truthnews.us/?p=2324

2008年7月12日 (土)

CIA報告: ビン・ラディンは腎臓病で死につつある... 漏らされた詳細は軍事行動強化のためのプロパガンダ作戦臭い

スチーブ・ワトソン

Global Research, 2008年7月9日

TIME誌に漏らされた最高機密のCIA報告は、オサマ・ビン・ラディンの余命は、6ないし18カ月だとしているが、どうやらブッシュ政権の残り数カ月の間に、対テロ戦争を強化する計画の一部としての、管理されたプロパガンダの匂いがする。

「漏洩」は、CIA内部の情報筋は「ビン・ラディンが服用している薬剤の一部の名前を特定できたという触れ込み」だと示唆し、元諜報協力者は腎臓病で死につつあると結論づけている。

要するに、連中はオサマがどんな錠剤を服用しているかは知っているのだが、どこで服用しているのかは全くわからないというのだ。

このニュースは、いわゆる、ビン・ラディン「狩り」のために、CIAが操縦するプレデーター無人機を上空に飛ばせ、標的を攻撃するという条約に、パキスタンが署名したことが明かにされたと同じ週に流された。

更に、ビン・ラディンを見つけ出すため、パキスタン僻地の部族地域にアメリカの特別部隊を派遣するというペンタゴンの秘密計画の詳細情報まであらわれた。計画は、ホワイト・ハウスが戦闘中なので、まだ実施されるに至っていないという。

TIME記事は言う。

もしもビン・ラディンが本当に死につつあるなら、この知らせには、疑いなく、相反する反応があるだろう。一方では、彼の死こそ、9/11の前から、アメリカ政府が熱心に、促進させようとしてきたものだっただろう。しかし、腎臓病による死亡は、アメリカ政府が意図していたものとは違うだろう。「これだけ努力を重ねたのに、万一ビン・ラディンが多国籍軍の手に落ちることなく亡くなったら、悲劇的な状況ではないか?」と、テロ対策の現幹部は語っている。

実際、もしも大統領が、「生死にかかわらず」必ず捕らえてやると誓った男、ビン・ラディンの腐敗する遺体の上に立って、ネオコンの戦争マシンが過去7年間にわたって、頑張ってきたこと全てが報われたと主張できたら、ブッシュの任期はどれほど名誉ある最後を迎えられるだろう。

CIAによれば、ブッシュ同様に、ビン・ラディンの余命も幾ばくもないのだから、ことは急がねばなるまい。

これにまつわる一つの些細な問題は、もちろん、ビン・ラディンが、慢性の腎臓病で、少なくとも8年間にわたって、三途の川をさまよっていたという事実だ。

フランスの新聞ル・フィガロによると、ビン・ラディンは、CIAが個別にドバイの病院に彼を訪れた際もそうだったが、アフガニスタンのカンダハールの基地に2000年に送り込んだ一台の腎臓透析装置を使っているという。他には、彼は同時にC型肝炎も患っており、余命はわずか二年だという説もある。

9/11以前にビン・ラディンに会ったあるジャーナリストたちは、2001年12月以後、逃げおおせていることを自慢すべく、ビデオに登場していないという事実に、後に疑念を呈している。それ以来、発表されるどのビン・ラディンのビデオ・テープにも、曖昧で、はっきりしないメッセージしかなく、多くの場合、画面は古く、焼き直しだ。

「もしも彼が今でも生きているならば、エベレスト山のような強大な自我の、オサマ・ビン・ラディンが、これほど長い間、沈黙を保つはずも、沈黙できるはずるもない。彼は、全く無関係なことについてさえ、自分の手柄にするのを好んでいたのだ。「彼は、9カ月間も、じっと沈黙して、自分が生きていることを宣伝せずにいられるだろうか?」ニューヨーク・タイムズのアミール・タヘリが2002年7月に書いている。

オサマが、2001年の末以来、沈黙している非常にもっともな理由は、ビン・ラディンは、肺の合併症を治療されないまま亡くなり、自分は葬儀に参列したと、タリバン幹部が語るのを引用したパキスタンのオブザーバー紙記事によれば、彼が恐らく、その年12月26日に亡くなったという事実によるものだ。

2002年、CNNは、パキスタン大統領ペルベス・ムシャラフが、ビン・ラディンは死んでいると思っているという事実を報道した:

[ブッシュ政権幹部]アメリカの諜報情報では、ビン・ラディンは、三日に一度透析が必要で、「次々と移動する場合、これは大問題であることが、きわめて明白だし、山間の隠れ家で発電もしなければならない。」ビン・ラディンは既に死んでいる思うと公式に発言している人もおり、それには以下のような人々が含まれる。

アフガニスタン大統領ハミド・カルザイ、FBIのテロ対策の長デール・ワトソン、イスラエル諜報筋、元パキスタン首相の故ベナジール・ブット、ビン・ラディンに詳しいデューク大学宗教学プログラムの長、ブルース・ローレンス教授。

しかも、漏洩された2006年9月のフランスの諜報機関のメモは、ビン・ラディンは、腸チフスで8月に亡くなったと結論していた。メモはビン・ラディンはパキスタンで亡くなったと確信しているサウジ・アラビアの諜報機関筋を引用している。

「サウジアラビアが集めた情報では、アルカイダのトップは、パキスタン滞在中、006年8月23日に、非常に重い腸チフスに見舞われ、内臓の部分麻痺をおこした」とフランスのメモにある。

あらゆる入手可能な証拠から判断して、ホワイト・ハウスは、ビン・ラディンは既に、亡くなって長いと、確実に知っているか、または、少なくとも強く疑っていながら、政治的プロパガンダの目的、および、帝国的なネオコンの企みを押し進める口実として、彼の神話を維持し続けることを選んだのだ。

スチーブ・ワトソンは、Global Researchの常連寄稿者。スチーブ・ワトソンによる、Global Research記事

スチーブ・ワトソン

Global Research, 2008年7月9日

TIME誌に漏らされた最高機密のCIA報告は、オサマ・ビン・ラディンの余命は、6ないし18カ月だとしているが、どうやらブッシュ政権の残り数カ月の間に、対テロ戦争を強化する計画の一部としての、管理されたプロパガンダの匂いがする。

「漏洩」は、CIA内部の情報筋は「ビン・ラディンが服用している薬剤の一部の名前を特定できたという触れ込み」だとsuggest示唆し、元諜報協力者は腎臓病で死につつあると結論づけている。

要するに、連中はオサマがどんな錠剤を服用しているかは知っているのだが、どこで服用しているのかは全くわからないというのだ。

このニュースは、いわゆる、ビン・ラディン「狩り」のために、CIAが操縦するプレデーター無人機を上空に飛ばせ、標的を攻撃するという条約に、パキスタンが署名したことが明かにされたと同じ週に流された。

更に、ビン・ラディンを見つけ出すため、パキスタン僻地の部族地域にアメリカの特別部隊を派遣するというペンタゴンの秘密計画の詳細情報まであらわれた。計画は、ホワイト・ハウスが戦闘中なので、まだ実施されるに至っていないという。

TIME記事は言う。

もしもビン・ラディンが本当に死につつあるなら、この知らせには、疑いなく、相反する反応があるだろう。一方では、彼の死こそ、9/11の前から、アメリカ政府が熱心に、促進させようとしてきたものだっただろう。しかし、腎臓病による死亡は、アメリカ政府が意図していたものとは違うだろう。「これだけ努力を重ねたのに、万一ビン・ラディンが多国籍軍の手に落ちることなく亡くなったら、悲劇的な状況ではないか?」と、テロ対策の現幹部は語っている。

実際、もしも大統領が、「生死にかかわらず」必ず捕らえてやると誓った男、ビン・ラディンの腐敗する遺体の上に立って、ネオコンの戦争マシンが過去7年間にわたって、頑張ってきたこと全てが報われたと主張できたら、ブッシュの任期はどれほど名誉ある最後を迎えられるだろう。

CIAによれば、ブッシュ同様に、ビン・ラディンの余命も幾ばくもないのだから、ことは急がねばなるまい。

これにまつわる一つの些細な問題は、もちろん、ビン・ラディンが、慢性の腎臓病で、少なくとも8年間にわたって、三途の川をさまよっていたという事実だ。

フランスの新聞ル・フィガロによると、ビン・ラディンは、CIAが個別にドバイの病院に彼を訪れた際もそうだったが、アフガニスタンのカンダハールの基地に2000年に送り込んだ一台の腎臓透析装置を使っているという。他には、彼は同時にC型肝炎も患っており、余命はわずか二年だという説もある。

9/11以前にビン・ラディンに会ったあるジャーナリストたちは、2001年12月以後、逃げおおせていることを自慢すべく、ビデオに登場していないという事実に、後に疑念を呈している。それ以来、発表されるどのビン・ラディンのビデオ・テープにも、曖昧で、はっきりしないメッセージしかなく、多くの場合、画面は古く、焼き直しだ。

「もしも彼が今でも生きているならば、エベレスト山のような強大な自我の、オサマ・ビン・ラディンが、これほど長い間、沈黙を保つはずも、沈黙できるはずるもない。彼は、全く無関係なことについてさえ、自分の手柄にするのを好んでいたのだ。「彼は、9カ月間も、じっと沈黙して、自分が生きていることを宣伝せずにいられるだろうか?」ニューヨーク・タイムズのアミール・タヘリが2002年7月に書いている。

オサマが、2001年の末以来、沈黙している非常にもっともな理由は、ビン・ラディンは、肺の合併症を治療されないまま亡くなり、自分は葬儀に参列したと、タリバン幹部が語るのを引用したパキスタンのオブザーバー紙記事によれば、彼が恐らく、その年12月26日に亡くなったという事実によるものだ。

2002年、CNNは、パキスタン大統領ペルベス・ムシャラフが、ビン・ラディンは死んでいると思っているという事実を報道した:

[ブッシュ政権幹部]アメリカの諜報情報では、ビン・ラディンは、三日に一度透析が必要で、「次々と移動する場合、これは大問題であることが、きわめて明白だし、山間の隠れ家で発電もしなければならない。」ビン・ラディンは既に死んでいる思うと公式に発言している人もおり、それには以下のような人々が含まれる。

アフガニスタン大統領ハミド・カルザイ、FBIのテロ対策の長デール・ワトソン、イスラエル諜報筋、元パキスタン首相の故ベナジール・ブット、ビン・ラディンに詳しいデューク大学宗教学プログラムの長、ブルース・ローレンス教授。

しかも、漏洩された2006年9月のフランスの諜報機関のメモは、ビン・ラディンは、腸チフスで8月に亡くなったと結論していた。メモはビン・ラディンはパキスタンで亡くなったと確信しているサウジ・アラビアの諜報機関筋を引用している。

「サウジアラビアが集めた情報では、アルカイダのトップは、パキスタン滞在中、006年8月23日に、非常に重い腸チフスに見舞われ、内臓の部分麻痺をおこした」とフランスのメモにある。

あらゆる入手可能な証拠から判断して、ホワイト・ハウスは、ビン・ラディンは既に、亡くなって長いと、確実に知っているか、または、少なくとも強く疑っていながら、政治的プロパガンダの目的、および、帝国的なネオコンの企みを押し進める口実として、彼の神話を維持し続けることを選んだのだ。

スチーブ・ワトソンは、Global Researchの常連寄稿者。スチーブ・ワトソンによる、Global Research記事


 

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免責条項:本記事の見解は、著者のみが責任を負うものであり、必ずしもCentre for Research on Globalizationの見解を反映するものではありません。

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© Copyright Steve Watson, Global Research, 2008

記事原文のurl:www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=9542

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関連記事翻訳としては、例えば以下を。

オサマ・ビン・ラディンとは何者か? 2001年9月12日

2008年7月 6日 (日)

映画 9/11 クロニクル: 第一部、トルース・ライジング

Alex Jones' Inforwars.com

下記は、新しいドキュメンタリー映画紹介ページ記事冒頭部分のみの翻訳。

9/11攻撃から7年後、世界でこれまで見たことがなかったような、世界的な目覚めが起きている。企業に支配されたマスコミが、絶滅へと衰亡しつつある中、新種のジャーナリストや活動家たちが出現している。

無慈悲なグローバル・エリート達を断固として暴きだし、9/11に関する真実を大衆に呼びかけるという課題に乗り出すアレックス・ジョーンズ、ルーク・ルドコフスキー達に参加されたい。

犯罪人の大立者達、デビッド・ロックフェラー、ズビグニュー・ブレジンスキー、ビルやヒラリー・クリントン、アラン・グリーンスパン、ジョン・マケイン等々、多数の人々が、嘘とごまかしを問いただされる様子を、じっくり座って、ご覧願いたい。

ジェシー・ベンチュラ、ロージー・オドネル、ジョージ・カーリン、ウィリー・ネルソンやマーチン・シーン等とのインタビューも盛り込んだこの映画は、これまでご覧になったことが無いような作品だ。ご覧になった後の唯一の疑問は、トルース・ライジングに参加されるか否かだ。

このドキュメンタリーで、9/11で最初に救助活動に従事した人々の窮状を詳しく知ることができるが、彼等の多くは、グラウンド・ゼロの毒物による深刻な健康障害に苦しんでいる。トルース・ライジングは、最初に救助活動に従事した人々、警察官や、消防士たちの英雄的な活動に関する、政府の驚くべき横柄さと、怠慢を暴露し、異議を申し立てている。トルース・ライジングは、それとは逆のことを言っている非常に多くの警告に反し、ロウアー・マンハッタンの空気は、呼吸しても安全だ、と公言したルディー・ジュリアーニの行政当局や、EPA、クリスティーン・トッド・ホィットマンらを告発している。

「9/11 クロニクル: 第一部、トルース・ライジング」は、We Are Change NYLA911truth Calgary、あるいは、9/11ブロガー等々による直接行動無しには実現不可能だったろう。彼等のウェブサイトをご覧の上、ご支援を願いたい。

記事原文のur:www.infowars.com/truthrising/

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上記ページで、映画の一部をみたり、高解像との映画をダウンロード購入したり、あるいは、DVDを購入したりすることができる。

下記youtubeアドレスでも、見ることができる。英語版、約二時間。

http://jp.youtube.com/watch?v=t-yscpNIxjI

2008年7月 5日 (土)

帝国か博愛か? 学校では教えてくれなかったアメリカ帝国のこと

ハワード・ジン

占領軍がイラクとアフガニスタンで戦争を遂行し、世界のあらゆる部分で、軍事基地や企業が威圧している現在、アメリカ帝国主義の存在についての疑問など、ほとんど存在していません。確かに、かつては懸命に否定していた考え方は、高慢にも、外聞をはばからずに受け入れられるものとなったのです。

けれども、アメリカ合州国が帝国なのだという発想は、第二次世界大戦で、第8空軍の爆撃手としての兵役を終えて、帰国するまで、全く思いつきませんでした。広島や長崎でぞっとさせられて、自分自身のヨーロッパ都市爆撃という「良い戦争」のけがれのなさについ見なおし始めた後でさえ、そうしたものを、まとめてアメリカ「帝国」という文脈でとらえることが依然としてできませんでした。

皆と同様、イギリス帝国やヨーロッパの他の帝国主義大国のことは知っていましたが、アメリカ合州国も同じものだとは見てはいませんでした。戦後、復員軍人援護法のおかげで大学に行き、アメリカ史の授業を受けましたが、歴史の教科書には、「帝国主義の時代」という章がありました。その章は、きまって1898年の米西戦争と、その後のフィリピン征服について触れていました。アメリカ帝国主義は、わずか数年しか続かなかったように思えました。より広範囲な帝国、あるいは「帝国主義」時代、という考え方にまで到達するような、アメリカの拡張に対する包括的な見方というものはありませんでした。

大陸を横切って進む行進を、自然で、ほとんど生物学的現象であるかのように表現している、教室にあった(「西部開拓」という題の)地図を思い出します。「ルイジアナ購入」と呼ばれる、広大な土地の買収の表現には、空閑地を購入したようなニュアンスしかありません。この領土には、何百ものインディアン部族が居住しており、今で言う「民族浄化」によって、彼らは殲滅させられるか、家から追い出されるかし、白人がそこに定住し、やがて「文明化」や、残忍な不愉快さを予感させる鉄道が行き来する、というような観念は皆無なのです。

歴史の授業での「ジャクソン・デモクラシー」に関する討論も、アーサー・シュレジンガー Jr.が書いた『ジャクソン時代』という人気のあった本も、「5つの礼儀正しい部族」に、ジョージアやアラバマからミシシッピを越え、西方への死の行進を強いて、その途中で4,000人が亡くなった「涙の道」については教えてくれませんでした。南北戦争についての論述で、リンカーン政権が黒人に対して宣言した「奴隷解放」を描いているのと同じ様に、コロラド、サンド・クリークにおける何百人ものインディアン住民の虐殺を記述しているものは皆無です。

あの教室の地図には、南と西方向には「メキシコ領割譲」と題する部分もありました。アメリカ合州国が、メキシコの土地の半分を奪い、カリフォルニアと偉大なる南西部を入手した、1846年のメキシコに対する侵略戦争にとって、これは重宝な婉曲表現です。当時使われていた言葉「明白な運命(Manifest Destiny)」は、もまなく、もちろん、はるかに普遍的なものとなりました。1898年の米西戦争の直前、ワシントン・ポストは、キューバの先を見通していました。「我々は奇妙な運命と向き合っている。ジャングルの中では、口の中で血の味がするように、国民の口の中では、帝国の味がしている。」

大陸を横切る暴力的な行進、更にはキューバ侵略さえもが、アメリカの利害として、本来の領土のことであるように見えました。結局、1823年のモンロー主義は、西半球はアメリカの保護のもとにあるのだと宣言したのではなかったでしょうか? しかし、キューバ侵略の後、ほとんど休む間もなく、地球の裏側でフィリピン侵略がおきたのです。「帝国主義」という言葉が、今やアメリカの行動にぴったりのように思えました。事実、この長い、残酷な戦争は、歴史の本では、手短に上っ面しか扱われていませんが、これによって反帝国主義者同盟が生まれ、そこでウイリアム・ジェームズやマーク・トゥエインは、中心人物となりました。けれど、これも大学では学べなかったことの一つです。

『唯一の超大国』出現

それでも、教室外で読書をすることで、歴史の断片から、大きな寄せ木細工を組み立て始めたのです。最初、全く受け身の海外政策のように思えていた第一次世界大戦に至るまでの十年間が、今度は暴力的な介入の連続に見えてきました。コロンビアからの、パナマ運河地帯の奪取、海軍によるメキシコ沿岸砲撃、ほとんどの中米諸国への海兵隊派兵、ハイチやドミニカ共和国に派遣された占領軍。こうした介入の多くに参加した、数々の勲章を持つスメドレー・バトラー将軍が、後に書いています。「私は、ウォール街の使い走りだった。」

第二次世界大戦以後の日々、私が歴史を学んでいた、まさにこの時期、アメリカ合州国は、単なるもう一つの帝国主義大国ではなく、世界有数の超大国でした。核兵器の独占を維持、拡大すると決心し、アメリカは太平洋の孤島を占拠し、住民に退去を強い、島々を更なる原爆実験用の地獄のような施設に変えて行きました。

回顧録『避難場所無し(No Place to Hide)』の中で、そうした実験で放射線を監視したDavid・ブラッドリー医師は、実験チームが帰国した後に残されたものについて書いています。「放射能、汚染、破壊されたビキニの島々と、島を追われた、悲しげな目をした我慢強い人々。」太平洋での実験の後、長年にわたり、ユタやネバダの砂漠での更なる実験が続き、合計千回以上の実験が行われました。

朝鮮戦争が1950年に始まった時、私はコロンビア大学の大学院生として歴史を研究していました。大学の授業は、どれ一つとしてアメリカのアジア政策理解に役立ちませんでした。けれども私は、I. F. ストーンの「ウィークリー」を読んでいました。ストーンは、朝鮮への派兵に関する、政府による正当化に疑問を呈した数少ないジャーナリストの一人でした。当時、アメリカの介入を促した原因は、北朝鮮による韓国への侵略ということよりも、特に共産主義者が中国で権力を握っている以上は、アジア大陸に確固とした足場が欲しいというアメリカ合州国の願望であることが明白であるように思えたのです。

何年も後に、ベトナムへの秘密介入は、大規模で暴虐な軍事作戦へと化し、アメリカ合州国の帝国主義的設計は、私には一層明らかになりました。1967年に、私は「ベトナム:撤退の論理」という小さな本をかきました。その頃には、私は反戦運動に深く関与していました。

ダニエル・エルズバーグが私に預けたペンタゴン・ペーパーを何百ページも読んだ時に、私の目に飛び込んできたのは、国家安全保障会議の秘密メモでした。東南アジアにおける、アメリカの利害関係を説明しながら、アメリカの動機は、「すず、ゴム、石油」の探索だったとあからさまに語っていたのです。

米墨戦争での兵士の脱走、南北戦争時の徴兵暴動、世紀の変わり目の反帝国主義運動、第一次世界大戦に対する強い反対等々を含め、実際、アメリカ史上、ベトナム戦争反対運動の規模に達した反戦運動は皆無です。少なくとも、あの反対運動の一部は、ベトナム以上のものが危機にさらされているのだ、あの小さな国における暴虐な戦争は、より大規模な帝国設計の一部なのだ、という理解に基づいていました。

アメリカのベトナム戦争敗北に続く様々な介入は、依然君臨している超大国が、強力なライバルのソ連が崩壊した後でさえ、至る所で支配的な立場を確保しようとする死に物狂いの欲求の反映であるように思えました。そこで、1982年のグレナダ侵略、1989年のパナマ爆撃攻撃、1991年の第一次湾岸戦争というわけです。サダム・フセインがクウェートを占領したことに、父親ジョージ・ブッシュは心を痛めたのでしょうか、それとも、彼はあの出来事を、喉から手がでるほど欲しい中東の油田地帯に、アメリカの権力をしっかりと打ち込む好機として利用したのでしょうか? フランクリン・ルーズベルトの、1945年のサウジアラビアのアブドゥル・アジズ王との取引や、CIAによる1953年のイランでの民主的なモサデク政府の転覆にまでさかのぼる、アメリカ合州国の歴史、中東の石油に対する執念を考えれば、この疑問を判断するのは難しいことではありません。

帝国の正当化

9月11日の冷酷な攻撃は(公式の9/11委員会が認めている通り)中東や他の地域におけるアメリカの拡張に対する、強烈な憎悪から生まれました。あの出来事の前ですら、チャルマーズ・ジョンソンの著書『アメリカ帝国の悲劇』によれば、国防省はアメリカ合州国国外に、700以上のアメリカ軍事基地があることを認めていました。

あの日以来、「対テロ戦争」が始まり、更に多くの基地が建設されたり、拡張されたりしてきました。キルギスタン、アフガニスタン、カタールの砂漠、オマーン湾、アフリカの角、そしてどこであれ賄賂を使ったり、強要したりすれば言いなりになる国々に。

第二次世界大戦で、ドイツ、ハンガリー、チェコスロバキアや,フランスの都市を爆撃していた時、道徳的に正当化するのは、議論の余地がない程単純明快でした。我々はファシズムの悪から世界を救っているのです。ですから、別のクルーの射撃手が、彼と私の共通点はお互い本を良く読むことでしたが、彼が、これは「帝国主義者の戦争」だと言うのを聞いて大変に驚きました。いずれの側も、支配し征服するという野望に動機づけられているのだと彼は言ったのです。議論をしましたが解決はしませんでした。皮肉にも、悲劇的なことに、我々が議論をしてから間もなく、この戦友は撃墜され戦死しました。

戦争では、兵士たちの動機と、彼らを戦場に派兵する政治指導者の動機との間には、かならず違いがあるものです。私の動機は、他の多くの兵士たちと同様、帝国主義的野望とは無縁でした。ファシズム打倒を押し進め、侵略や、軍国主義や、人種差別のない、よりまともな世界を生み出したいというものでした。

アメリカ支配層の動機は、私の知り合いの航空射撃手が理解していたように、性格が異なっています。1941年という早い時期に、タイム、ライフ、およびフォーチュン誌のオーナーで大富豪のヘンリー・ルースが、「アメリカの世紀」の到来として、それを描き出していました。彼は言ったのです。「アメリカ合州国が、アメリカが適切と考える目的のために、アメリカが適切と考える手段によって、世界に対し、我々のあらゆる影響力を行使するべき時が到来した。」

これ以上率直で無遠慮な、帝国主義政策の宣言を期待することはまず不可能です。近年、ブッシュ政権の知的侍女たちが、これを繰り返していますが、この「影響」の動機に悪意はなく、「目的」は、ルース風の処方であれ、あるいは、より今風の物であれ、高貴なもので、しかもこれは「本格派ではない帝国主義」だ、という保証まで付けています。ジョージ・ブッシュは二期目の就任演説で言いました。「世界に自由を広めることこそ...現代の使命です。」ニューヨーク・タイムズは、この演説を「理想主義が際立っている」と評しました。

アメリカ帝国というものは、常に超党派プロジェクトであり続けています。民主党と共和党は、交互にそれを拡張し、称賛し、正当化してきました。1914年(彼がメキシコを爆撃した年)、ウッドロー・ウィルソン大統領は、海軍兵学校卒業生に、アメリカは「海軍と陸軍を... 侵略の道具ではなく、文明化の道具として使ってきたのです。」と語りました。そして、ビル・クリントンは、1992年、陸軍士官学校卒業生に語りました。「諸君がここで学んだ価値観は...アメリカ中に、世界中に広げることが可能です。」

アメリカ合州国の人々にとって、そして実際、世界中の人々にとって、こうした主張は、遅かれ早かれ、嘘であることがばれるものです。最初耳にした時には、説得力がありそうに聞こえる論理も、もはや隠すべくもない恐怖によって、あっという間に圧倒されます。イラク人の血まみれの死体、アメリカ兵士のちぎれた手足、中東で、そしてミシシッピの三角州で、自宅から追い出される何百万もの家族。

いわく、戦争は安全保障のために必要である、いわく、拡張は文明に必須である、という、アメリカ文化の中に埋め込まれた、私たちの良識を攻撃する帝国の正当化は、私たちの心に対する影響力を失い始めたのではないでしょうか? 世界の中に、アメリカの軍事力ではなく、博愛を広めるという、新しい暮らし方を受け入れる用意ができるような、歴史上の地点に、私たちは到達したのでしょうか?

上記は、下記に翻訳した「民衆のアメリカ史」コミック版、「民衆のアメリカ帝国史」刊行によせたハワード・ジンの記事翻訳。

下記を参照:

ハ ワード・ジン: 帝国の終焉?(「民衆のアメリカ史」コミック版によせて)

本記事原文のurl:www.alternet.org/audits/81005/?page=1

(原文は3ページにわたっています。)

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関連記事:

ハワード・ジ ン「歴史の効用とテロリズムに対する戦争」を語る

ハワード・ジン: 帝国の終焉?(「民衆のアメリカ史」コミック版によせて)

ハワード・ジン、Tomdispatch.com. 2008年4月2日掲載。

イラクで、アフガニスタンで、そして自国内で、地球「唯一の超大国」の立場が、目に見えてほころびつつある。かつて「ダイエット版帝国」と宣言した国は、益々軽はずみであることが証明されたわけだ。かつて、ローマ帝国、あるいは、大英帝国等より偉大な国家、と呼ばれた国、地球上にこれまであったどの国より支配的な国家が、今や、自らの利益を求めて行動すれば、災厄をまねかずにはすまないように見える。最近のバスラにおける、イラク政府の攻勢は、もはや明かなのだが、これからまだまだ続く物事の最新例でしかない。

ともあれ、その帝国の運命が、ダイエット版であれ何であれ、トムディスパッチに於ける、ハワード・ジンの今日の主題であり、彼の名高いPeople's History of the United States(邦題「民衆のアメリカ史 )に対する新作の主題でもある。新刊書は、漫画という形式をとった、驚くべき画期的作品だ。漫画家マイク・コノパツキーの絵による、陽気な歴史図解は、インディアン戦争から、イラクの「フロンティア」に至るまでを扱っている(印象的な、ジン自身の人生の自伝的部分もある)。書名は、A People's History of American Empireだ。この珠玉の作品は、今日刊行される。

刊行の日を祝して、トムディスパッチは、ちっとしたオンライン・イベントもどきをご提供申し上げる。下記で、ジンがどのようにして、初めてアメリカ帝国について学んだのかについての、彼のエッセイをお読みいただける。ここをクリックすれば、二つの特別なおまけも、楽しんで頂ける。新刊書の絵をいくつか使い、誰あろう「ロード・オブ・ザ・リング」でアラルゴン役を演じた、ヴィゴ・モーテンセンのナレーションによる、アニメ・ビデオをご覧頂ける。(ロード・オブ・ザ・リング、第IV部:アメリカ版モルドール年代記、とでも、お考え頂こう) 同じページ、ビデオの下には、この新刊の自伝の部分、ジンの少年時代を扱った部分をご覧になれる。(それぞれの小さな画をクリックすると、該当ページが読める。) お楽しみいただきたい。本序文は、トムディスパッチ編集者、トム・エンゲルハートによる。

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本当は、肝心な下記本文がある。

翻訳は別ページ、「帝国か博愛か? 学校では教えてくれなかったアメリカ帝国のこと」。
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Empire or Humanity?

What the Classroom Didn't Teach Me About the American Empire
By Howard Zinn

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記事原文url:http://www.alternet.org/audits/81005/

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Metropolitan Booksによる、The American Empire Projectシリーズの最新刊。

日本については、ペリーによる開国と、第二次世界大戦中の、日系人の強制収容、広島、長崎の原爆が、触れられている。ただし、開国は文字のみ。コミック版とはいえ、なかなか読みごたえがある。全編がアニメにならないものだろうか?

American Empire Projectシリーズの本には、チャルマーズ・ジョンソンによる『アメリカ帝国への報復』、『アメリカ帝国の悲劇』、『Nemesis』(邦訳は未刊、本書をめぐるDemocracy Nowでの対話翻訳)や、チョムスキーの著書がある。

下記は関連記事翻訳。

ハワード・ジン「歴史の効用と対テロ戦争」

2008年7月 3日 (木)

映画 9/11 False Flag(9/11 偽装作戦)

「世界は9月11日の後、変化した。我々がもはや安全ではなくなった為変化したのだ。」

この言葉は、2000年にアメリカ合州国大統領に選ばれたジョージ・W・ブッシュによって、21世紀の政治的な方向性を決めるべく使われたせりふだ。

一方、アメリカは、偽証を用いて、まずはアフガニスタンを、その後イラクを、比較的素早く攻撃したが、9月11日の出来事についての公式説明にまつわる疑念は増大している。攻撃のすぐ後インターネット上にあらわれた推測は、今日に至るまで、とっぴな陰謀論だと見なされている。しかし、状況証拠や、実質的証拠すらからも、全体像はあきらかだ。残虐な攻撃の責任は、イスラム教のテロリストたちではなく、アメリカ政府の、軍部と政権のわずかな高官連中にあるように思われる。

このドキュメンタリーは、事件の公式版説明上の矛盾と、抑えられてきた9月11日に関する証拠とに焦点をあてている。更に、なぜ私たちが、今日に至るまで、これについて未だに何も知れずにいるのか、なぜ我々が、ヨーロッパにおいても、騙されているのか、という疑問にも答えている。

記事原文のurl:http://www.nuoviso.com/

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71分。ドイツ制作のものらしく、登場人物の多くはドイツ人。英語字幕。同サイトの下記urlで見られる。(上記URLの、「9/11 False Flag」というジャケット?をクリック)

http://www.nuoviso.com/movieDetail_911falseflag.htm

サイトで、25ドルでDVDを購入することもできる。

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関連記事:

25 の容認しえない矛盾:9/11公式説明の決定的な否定 デヴィッド・レイ・グリフィン新刊書評

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