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2008年5月

2008年5月31日 (土)

ダライ・ラマの聖なる僧衣の背後

マイケル・バックマン

2007-05-23

ジャーナリストがダライ・ラマに挑戦することはほとんどない。

その理由には、彼が非常に魅力的で、人を惹きつけるからだということもある。彼に関わる報道記事の大半は、くすくす笑いや巧みなたとえ話を難しい答えの代用品にしている人物を軽やかに描きだすのみだ。だが彼は、恐らく自分自身を政府の首長として、現在、中国国民である何百万人もの人々の、広範な自治を求めている人物だ。従って、彼を政界の実力者として責任を持った人物としてとらえて当然だろう。

単なる宗教指導者というだけではなく、1959年に亡命した際、彼はチベット政府の首長だった。チベット政府は、貴族的で、縁故主義の僧侶たちによって運営される国家機構で、税を徴収し、反体制派を投獄し、拷問し、あらゆる全ての通常の政治的陰謀に関与していた。(ダライ・ラマの父親は、1946年にクーデター陰謀の結果、殺害されたことはほぼ確実だ)

亡命政府はインドで設立され、少なくとも1970年代まで、CIAから年間170万ドルを得ていた。

彼がそれで1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマの非暴力支持という公的姿勢にもかかわらず、この資金は中国に対するゲリラ作戦の対価だった。

ダライ・ラマ自身1950年代末から1974年までCIAの給料を貰っており、月に15,000ドル(年間180,000ドル)受け取っていたと言われている。

資金は彼に個人的に支払われたが、彼はその全てあるいは大半をチベット亡命政府の活動に使っていた。主としてニューヨークとジュネーブの事務所の資金と、国際的なロビー活動のためだ。

現在の亡命政府の財源詳細は、明瞭とはほど遠い。構造的に、亡命政府は、7つの省といくつかの特別部局で構成されている。公益信託、出版社、インドとネパールのホテル、アメリカとオーストラリアの手工芸品販売会社などがあり、全て亡命政府大蔵省の元に組織化されている。

政府は全部で24事業の運営に関与していたが、そのような商業活動は適切ではないことから、撤退することを2003年に決定した。

数年前、私は、ダライ・ラマの大蔵省に予算の詳細を質問した。それに対し、当時、約2200万ドルの歳入があり、様々な厚生、教育、宗教、文化プログラムに使われていると答えた。

最大の項目は政治に関する支出で、700万ドルだ。次に大きな金額は行政で、450万ドルだ。ほぼ200万ドルが亡命政府の海外拠点運営に割り当てられていた。

亡命政府が行っていると主張しているものに対し、こうした金額はかなり少なめに思える。

寄付金がどのように予算に組み込まれるのかは明らかではない。寄付金は年間数百万ドルにのぼると思われるが、ダライ・ラマの大蔵省は、それについて具体的な受取り証や、資金源は提示しなかった。

確かに、国外居住しているチベット人の間には、構造的汚職や、ダライ・ラマの名において集められたお金の乱用について、数多くの噂がある。

多くの寄付は、ニューヨークに本部があるチベット財団、1981年にチベット難民とアメリカ国民によって創設された組織を通して流れ込む。財団は様々な計画に年間300万ドルを費やす、数百万ドル規模の組織にまで成長した。

その資金の一部は、アメリカ国務省の難民計画局(Bureau for Refugee Programs)から出ている。

多くのアジアの政治家同様、ダライ・ラマは至って身びいきが激しく、自分の家族たちを多くの重職に任命している。近年、チベット亡命政府の最高行政府、つまり内閣であるカシャグ・メンバー6人のうち3人は、ダライ・ラマの身近な肉親だ。

彼の兄はカシャグの議長であり、治安大臣である。彼はまた、1960年代には、CIAが支援するチベット・コントラ活動の長だった。

義理の妹は、亡命政府の計画審議会会長と厚生大臣をつとめた。

妹は、厚生、文部大臣であり、彼女の夫は亡命政府の情報・外務大臣だった。

彼等の娘はチベット亡命国会の議員だ。弟はダライ・ラマ個人事務所の上級職員をつとめた、また彼の妻は文部大臣をつとめた。

義理の弟の二人目の妻は、北部ヨーロッパ・チベット亡命政府代表で、チベット亡命政府の国際関係部門の長だ。こうした全ての立場によって、ダライ・ラマ一家は、亡命政府を代表して集められた何百万ドルにアクセスすることができる。

ダライ・ラマは今や有名かも知れないが、彼について良く知る人はほとんどいない。例えば、広く流布している思い込みと異なり、彼は菜食主義ではない。彼は肉も食べる。肝炎に由来する肝臓の合併症後、医師の助言で、そうしている(と彼は主張する)。私も数人の医師に尋ねてみたが、痛んだ肝臓には肉が必要、あるいは望ましいことに同意した医師は一人もいなかった。

チベット内部のチベット人に対して、ダライ・ラマは一体何を実際に達成したのだろう?

もしも、彼の目標がチベットの独立、あるいはより近年では、自治の拡大であれば、彼は惨めな失敗者だ。

彼は、チベットを世界中で第一面の話題にして来たが、一体何が目的だろう? 主な業績は、彼が有名人になれたということのようだ。彼がおとなしくしていれば、中国によって拷問され、殺害され、全般的に抑圧されるチベット人の数も少なかったろう。

ともあれ、今のダライ・ラマは72歳だ。彼の後継者、つまり生まれ変わりの子供が指名されようが、意味のある役を演じるようになるまでには長年かかるだろう。中国に関する限り、オーストラリアのジョン・ハワードやケビン・ラッドが現ダライ・ラマと会見しようが、しまいが、これは自ら対処すべき問題の一つであることは確実だ。

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本記事原文 the age web

先に、Globalresearchが題名、冒頭部分に追記した文章を翻訳した。その文章がGlobalresearchから削除されたことについて、他のblog文章の貼り付けらしきコメントがあった。それで翻訳文章を一度保留した。

一方、著者原文は、そのままオリジナルのwebに掲載されている。そこでGlobalresearchで追記された部分を削除、オリジナルのwebの原文に対応するものとし、公開する。

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中国のチベット独立運動弾圧に抗議して、派手なパフォーマンスを繰り広げ、突然有名になった組織、「国境なき記者団」ちょっと調べるだけで、そのうさんくささ、それを全く責めないマスコミのインチキさの背景がわかる。

「国境なき記者団」のまやかし

2008年5月24日 (土)

金ばかりかかる厄介物の解体:ハワード・スターン・ショーでのジェシー・ベンチュラ発言

Kurt Nimmo

Infowars

2008年5月21日

ハワード・スターンは懐疑的だった。ジェシー・ベンチュラが、WTCビルはWTC1と2が「金ばかりかかる厄介物」だった、つまりビルの経費が実用性を越えてしまったから、解体されたのだと主張すると、「保険犯罪だったというんですか?」と彼は質問した。「彼等は赤字だったんです。ビルにはアスベストがあり、法律上、十億ドルはかかるアスベスト除去作業を要求されていたんです。」

「保険犯罪だったというんですか?」とスターンは尋ねた。

ベンチュラは続けた。ラリー・シルバースタインは、ビルにテロ攻撃に対する70億ドルの保険をかけ「彼は40億ドルで手を打ったのです」。スターンとクルーはまたもや懐疑的だったが、スターンはベンチュラの本、Don’t Start the Revolution Without Meを読みますよと言った。ジェシーは是非読むように言った。

これは、ほぼ完全犯罪になりえていたものかも知れず、少なくとも最初は余りにも完璧だったので、WTC保険のかなりの部分を引き受けていた会社、アリアンツ・グループも、正確な結論を導き出すことはできなかった。ところが、株主の一人、出版業者のジョン・レナードが正確な結論を導き出し、制御解体を示唆した。アリアンツはそれでも、まるで相手にしようとせず、保険会社は9/11の公式お伽話を、説明として信頼した。ドイツ企業が、シルバースタインがビルの評価額以上に保険を掛けたということは考えもしなかったのは明白だ。

「WTCの惨事は、疑いもなく史上最大の保険事件の一つだ。何十億ドルもの損失のかなりの部分をアリアンツが負担することになっていた」。レオナルドは株主たちへの書簡に書いた。「多数の評論家や研究者が、WTCの事件を極めて疑わしいものと考えている。」ニューヨーク市でのある調査の回答者の何と49.3%もが「わが国の指導者の何人かは、2001年9月11日あるいはその近辺に、攻撃が計画されていることを事前に知っており、しかも彼等は意識的に対応しそこねたのだ、ということに同意している」のに気がつき、「あるいは、保険会社でなく、おそらくはアメリカ政府に、損害の責任があるのではないか、ということであるとか、保険金詐欺の可能性は調査したか、ということを、アリアンツが尋ねなかったことに」レオナルドはびっくりした。

アリアンツが、最終的に支払いをためらうと、ブルックリン-クイーンズ選挙区出身の民主党下院議員アントニー・ワイナーが介入し、もしも現金を支払わなければ、保険会社を、罰金か事業規制で懲罰するといって脅した。

「シルバースタインは、9/11の機会に、できる限り荒稼ぎしてやろうと断固決めていて、攻撃のわずか6週間前に彼がこの不動産をリースした事実、そして、9/11に、少なくともビルのうち一棟、WTC 7を「倒壊させる」よう彼が命じたのを認めたことが知られているという事実に全く目を向けさせず、他の保険会社から既に何十億ドルも手に入れた」とスティーブ・ワトソンは書いている。確かに奇妙なのは、ワトソンも書いているとおり「シルバースタイン・プロパティーズが所有していなかったどのビルも、あの日、上から崩壊してきた二つのタワーからずっと近い場所にあなりがら、不思議なことにしっかり聳えたまま」なので、ブルックリンというより、マンハッタン地区は、どこかうさん臭いと感じる人々は山のようにいる。

保険金詐欺の金額、大企業社会の腐敗や横行する違法行為を考えれば、ベンチュラが言うように、ハワード・スターンや彼のクルーが、何百万人もの他のだまされやすいアメリカ人たち同様に、血も涙もない大事業家たちがそのようなことをするなどとは信じられずにいるとはいえ、余りに膨大な「金がかかる厄介物」ビルを崩壊させる陰謀にシルバースタインが関与していた可能性を軽率に無視してはならない。

もちろん、保険金詐欺だけで2001年9月11日の出来事を説明することはできない。実際、ベンチュラが最近アレックス・ジョーンズ・ショーで話したように、政府の共謀なしには、あのような出来事は不可能だろう。アフガニスタンとイラクを侵略する口実、自国に軍事警察国家を樹立する理由を作り出すため、そのような出来事を計画し、調整する十分な理由が政府にはあった。

政府は、また、血も涙もない大事業家たちは、決してそのようなことはするまいと、余りに多く人々が不幸なことに、無邪気にも信じている。多数の人々にはハワード・スターンも含まれる。

記事原文のurl: www.infowars.com/?p=2284

(記事冒頭に「ベンチュラが、WTCビルは「金のかかる厄介物」だと言ったファイルを聞く。」ボタンがあり、クリックすると音声が聞ける。)

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下記は関連記事の翻訳

元 州知事ジェシー・ベンチュラ: WTC崩壊は制御解体だ

25 の容認しえない矛盾:9/11公式説明の決定的な否定 デヴィッド・レイ・グリフィン新刊書評

2008年5月21日 (水)

ミャンマーのサイクロン アメリカは敵意で支援を阻止

ミャンマーのサイクロン アメリカは敵意で支援を阻止

サラ・フランウンダーズ

2008年5月15日

Workers World

マスコミのお説教で欠けているのは、ニューオーリンズにおけるハリケーン・カトリーナでの壊滅的なアメリカの実績についての言及だ。

ブッシュ政権はミャンマーの人々が彼等を襲った自然災害から再起するのを本当に支援しようとしているのだろうか? それならなぜ、この政権は、ペンタゴンが支援を管理すべきだと主張するのだろう? そしてなぜサイクロンが襲おうとしているのが分かっている国に経済制裁を課したのだろう?

今世紀の中で最も激しい暴風雨が、ベンガル湾の低地、隙間なく耕されたミャンマーのイラワジ・デルタを、5月2日に襲った。そこは肥沃ではあるが低開発地域であり、特に洪水に脆い。デルタにはミャンマー国民5700万人の四分の一が暮らしている。前回熱帯サイクロンが沿岸地帯の山崩れをひき起こしたのは40年前のことだ。

気象学者たちは、熱帯サイクロンのナルギスを一週間にわたって観測していた。だがサイクロンが上陸すると、予想できない高潮は、最高の規模に達した。高さ3.6メートルの水の壁が、11キロもの内陸まで押し寄せたのだ。

百万人以上の人々が家を失い、何万人もの人々が行方不明になった。推定死者数は、20,000人から100,000人に及ぶ。旧首都で主要商業港湾都市ヤンゴンは修羅場と化した。

アメリカのマスコミは災害の規模と支援活動に対処できない政府の無能さについての話でもちきりだ。アメリカ政府自身の災害支援提供における、計り知れないほど酷い実績は完全に無視されている。

どの新たな記事も、緊急物資運送の為、ミャンマーに軍隊が自由に入る権利をワシントンが要求していることを繰り返している。ミャンマーがアメリカ軍航空機の着陸、あるいは海軍艦船の接岸を認めようとしないことに対する怒りと動揺がある。ミャンマー政府は支援物資を配布する上で信頼を置くことができないという非難が、何度となく繰り返されている。

ブッシュ政権が、犯罪的な計算と計画によって、支援活動を意図的にはるかに困難にしてしまったことは、報道されていないのだ。サイクロン・ナルギスが実際にミャンマーを襲う前、怪物のような暴風の接近が既に告知され、一週間にわたって観測されてきた中、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、ミャンマーに対する過酷な新レベルの経済制裁に署名した。経済制裁は、侵略行為の一種であり、特に、最も貧しく、最も絶望的なものを標的とする経済戦争の一形式なのだ。

サイクロン襲来に合わせて経済制裁を課した

多数のスパイ衛星を持っているワシントンは、これから何が起こるのか、ミャンマー国民よりもずっと良く知っていたのだ。経済制裁が、アメリカや国際的な、直接の緊急資金や支援の寄付を、ほとんど不可能にした。新華社通信は、5月2日、ブッシュの大統領行政命令の文言が「特定の個人やビルマ(ミャンマー)政府が所有あるいは支配すると判断された団体の財産の全資産と権利を封鎖する」というものであると報じた。

一層の経済制裁を宣言するこの犯罪的な大統領行政命令の数日後、災害を被った住民に対する深い懸念が表明された。これ以上の皮肉と偽善はありえまい。

新たな経済制裁により、アメリカの人道支援団体や個人が、疲弊したミャンマーにおいて、大義に対して直接寄付をすることができなくなる。アメリカ赤十字等のアメリカの支援団体は、経済制裁の規定の元では、救援対策として、人や、資金ではなく、救援物資しか送れないことに気がついた。アメリカ・マスコミは何百もの記事を報道し、ミャンマーで何がなされていないか傲岸に説教しながら、暴風雨が襲ったこの国に課された新たなアメリカによる経済制裁の衝撃については一言も触れない。

気象衛星観測に基づき、多くの科学者が、勢いを増しつつある暴風雨を見守っていた。上陸のほぼ一週間前に、インド気象庁は詳細な進路予測、速度、位置の警報を発表していた。ミャンマー政府は、4月26日以来、インドからテキストの警報メッセージを受け取っており、国営ラジオで暴風雨警報を発令していたが、サイクロンの進路を探知する沿岸レーダーを持たず、この貧困にあえぐ国は、避難計画も持っていなかった。

アメリカ政府は、ペンタゴンは自らの人員や機器で援助物資を運ぶ権利を与えられるべきだと主張してきた。明らかに、この豊かな帝国主義者国家は、銃剣の先端をつきつける他に、人道的支援を行う方法を持たないのだ。

他の多くの国々は、しかしながら、即時援助を提供する非軍事的なやりかたを見いだしている。ミャンマーの国営ラジオは、中国、インド、日本、シンガポール、イタリア、バングラデシ、ラオスやタイから国際人道支援が殺到していると報じている。それぞれの国からの飛行機が、テント、蚊帳、発電機、医薬品、浄水器、乾燥ジャガイモや豚肉、カップ・ヌードル、ビスケット、衣服、トタン板、金槌と釘や、蝋燭を搭載してヤンゴン国際空港に到着している。

アメリカ政府は、ミャンマーが援助は受け入れながらも、外国人がその配布監視をするのは認めないと怒りを表明している。ミャンマーの政府経営の新聞「新しい光」は5月9日、その理由を説明した。「ペンタゴンは、アメリカの軍事基地をわが国に設けようと躍起になっている。」

これはミャンマーを支配している軍事政権の突飛な妄想ではない。ペンタゴンはビルマの政権転覆に対する関心をほとんど隠そうとしていない。これは、この国に対し、開国し、アメリカ軍基地駐留と、ミャンマーの膨大な国有石油とガス埋蔵資源に対するアメリカ企業の利用を認めよという圧力の形で現れている。

ショーン・W・クリスピンは、「ミャンマー侵略についての言い分」と題する記事でこう書いている。

「アメリカ合州国軍艦と空軍機は準備万端な中、サイクロン・ナルギスによって、百万人以上のミャンマー国民は泥まみれ状態で、家を失い、水で伝染する疫病にかかりやすくなっており、自然災害は、アメリカにとって危機の中での機会を提供している。

「人道主義という名目による、一方的で、場合によっては国連承認まで得るアメリカ軍の介入は、貧困にあえぐ国の不人気な軍指導者への逆流へと容易に変わりかねないが、また同時に、死に体状態にあるアメリカ、ジョージ・W・ブッシュ大統領による、議論の多い先制的軍事政策の後遺症を修復してくれるかもしれない。

「アメリカのC-130空軍機を含むアメリカ空軍や海軍艦船が、今や隣国タイで待機し、海軍空母キティー・ホークやニミッツが、現在近くの海域で待機している... ワシントンの政策立案者たちが今や、地政学的、戦略的に極めて重要で突然弱体化された国における先制的人道主義的作戦の、潜在的な損得をはかりにかけていることは確実だ」(アジア・タイムズ・オンライン、5月10日)

ショック・ドクトリン

多くの国々は、災害の最中ですらアメリカや西欧の支援を恐れている。それは厄介な借金の条件や経済再編要求や国家が所有していた資源の民営化等を含むひもつきのものであることが余りに多いからだ。

ナオミ・クラインの著書“The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism”=「ショック・ドクトリン: 災害につけこむ資本主義の勃興」は、たとえその国が、ハリケーン、津波、干ばつや洪水のような自然災害による壊滅的なインフラストラクチャー状態に直面していようと、ショックを受けた国につけ込むために、どのようにアメリカの支援、IMFや世界銀行が利用されているかを、非常に詳細に述べている。そのような危機は、国家資産を売却したり、資源を民営化したりといった不人気な経済的「ショック療法」を押しつけるのに格好の機会と見なされているのだ。これは、その影響を受ける諸国ではなく、国際銀行家にとって、まことに結構な療法なのだ。

ニューオーリンズとイラクにおけるアメリカの実績

あらゆるマスコミによるミャンマーが、すべきこと、できることについて説教する中で欠けているのは、ハリケーン・カトリーナとリタがニューオーリンズやメキシコ湾岸を襲っている最中と事後の、緊急対策、避難や救援についての、アメリカ支配階級自身の悲惨な実績についての言及だ。

2005年8月28日、洪水や決壊した堤防で、ニューオーリンズ市が水浸しになる中、世界中が、犯罪的な怠慢、人種差別、計画の欠如や全くの混乱を目撃していた。

その後、ボランティアを申し出ている様々な組織や個人からの支援受け入れを傲慢にも拒絶し、国際的な支援を非礼にも拒否したのだ。待機医師団を用意し、何トンもの食料、水や追加の石油百万バレルの提供を申し出たキューバやベネズエラからの支援提供は、拒否された。フランスの飛行機やカリブ海で待機していた病院船や、ドイツやロシアの支援さえも、保留にされた。

国際的な撮影部隊が上空を飛び、屋根しがみつく必死の人々を撮影した。20,000人以上の人々が、飲料水、食料あるいは衛生設備なしでスーパードームにすし詰めにされ、更に何万人もの人々が酷暑の中、何日間もコンベンション・センターで過ごした。アメリカ中からの緊急支援隊員がニューオーリンズに到着するのを妨げられた。

パイロットたちが志願し、人々の避難に使ってほしいと請願したにもかかわらず、最寄りの基地にあった空軍ヘリコプターは、地上待機を命じられた。多くのマスコミ報道によると、連邦緊急事態管理庁(FEMA)と国土安全保障省が、支援やボランティアを、実際に阻止した。国中から送られた何台分ものトラックの水や何トンもの物資は決して引き渡されなかった。

二年半後、何万人もの避難者たちが、依然として彼らの家に戻れずにいる。

イラクとソマリアでのペンタゴンの実績

イラクにおけるペンタゴンの実績ははるかにひどい。経済制裁によって骨抜きされ、弱体化されたイラクを粉砕してから、5年以上もたったのに、アメリカ軍が、最も基本的な人間の生存に必要な飲料水、基本的な栄養、電気、緊急医療、あるいは教育を提供できないことがあきらかになっている。

160,000人以上のアメリカ軍兵士、100,000人の民間コントラクター、そして地球上で最大の軍装備品の集積によってしても、バグダッドで、安定した電気、あるいは移動可能な飲料水設備が実現しないのであれば、ヤンゴンで彼等がもっとうまくできるなどと期待する人などいるだろうか?

飢饉に見舞われたソマリアへの人道的な任務という口実を用い、アメリカは海兵隊員が首都モガディシオを占領してよいとする国連決議を1992年12月に押し通した。怒った住民が翌年には海兵隊員を追い出した。ペンタゴンは、絶望的な住民の中にすらある、一般人の間の反帝国主義感情をすっかり計算違いをしていたのだ。

ミャンマーでは、まずはイギリスの、次にはアメリカの支配に対する、広範な抵抗が国民の中で、強い潮流となっている。サイクロンによってひき起こされた苦難にもかかわらず、いかなる介入も強硬な抵抗に直面する可能性が高い。

あらゆるアメリカのマスコミが、ミャンマー政府を独裁制として非難する中、サウジアラビアやインドネシアからパキスタン、チリ、コンゴに至るまで、世界中の残虐な軍事独裁政権を、ペンタゴンがてこ入れし、武器提供し、資金援助をしてきていることを忘れてはならない。ミャンマーの独裁政権にアメリカが反対しているのは、この政権の抑圧的な政治のせいではなく、何十年も昔からの反植民地主義的な大衆感情のおけかげで、この政権が強いられている天然資源の国有化をしていないからだ。これこそが、アメリカ企業がひっくりかえしてやろうと決意しているものなのだ。

反戦・進歩的運動は、ミャンマーをめぐる反動的なマスコミのキャンペーンに注意すべきだ。ミャンマーの人々には、アメリカの要求や経済制裁無しで、即座に国際的支援を受ける権利がある。

この記事原文のurl:www.workers.org/2008/world/myanmar_0522/

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2008/6/1、堤未果さんが、東京新聞のコラムで、「人道支援のカベ」として、この悪辣なアメリカの対ミャンマー制経済裁に触れ、それを報道しないジャーナリズムを批判しているそうだ。(未見だが) さすがアメリカでジャーナリズムを専攻されただけのことはある。

2008年5月15日 (木)

華氏9/11の続編: マイケル・ムーアが真実を語る好機

Kurt Nimmo

Infowars

2008年5月13日

マイケル・ムーアが、インターネット史上で最も多くダウンロードされた映画「ルース・チェンジ」成功のチャンスを生かそうと企てている可能性がある。

フェスティバル・セントラルによると、ムーアが華氏9/11の続編を制作しているというが、「バラエティー」と関係しているこのサイトは、ムーアの新プロジェクトの詳細については触れていない。「今日カンヌ映画祭と映画見本市が始まれば、このプロジェクトを国内や国際バイヤー達に売り込む、パラマウント・ヴァンテージとオーバーチャー・フィルムズ用に、マイケル・ムーアが「華氏9/11」の続編を制作している 」とパメラ・マクリントックとアン・トンプソンは書いている。

ムーアが前回のプロジェクトを焼き直すだろうとは考えにくい。あれは基本的に民主党の党派色の強い、ブッシュ政権とサウジアラビア人に対する告発だった。彼には二つの選択肢がある。公式版のお伽話を支持するか、9/11の真実という領域に思い切って進むかだ。ムーアが「公式調査が真実をすっかり話したとは思っておらず、彼等は真実の半分も語ってはいない」と言ったことが記録にのこっている以上、前者はありそうもない。彼は、消防士達が「これまでずっと、そして華氏9/11以来、自分に、爆発音を聞いたと語っていた」事実や「聞かされている以上にもっともっと色々なことがあると彼等が信じていること」さえ持ち出している。これについての詳細は、アーロン・ダイクスの「マイケル・ムーア:9/11 Could Be Inside Job(9/11は内部の人間による犯罪かもしれない)」をご覧いただきたい。

とはいえ、これは皮肉な結果に終わる危険性もある。ムーアの新しい9/11映画が来年できるころには、民主党議員がおそらくホワイト・ハウス入りしているだろうことを念頭においておくべきだ。民主党は、更に別の調査を行い、今度は、攻撃が悪いと責め、大衆消費用に、「意図的に放置したのだ」という説までだして、盛り上がる「9/11真実追求運動」のガス抜きをはかるだろうと推測するむきもある。民主党があえてそうした剣呑な手段にでるかどうかは、しばらく見ないとわからない。次の調査を発表すれば、必ずや独立と中立性に対する要求が生まれ、政府が結果を支配することは困難になるだろう。

一方、ムーアを信じるならば(上記のWe Are Changeビデオを参照)、続編で、政府がペンタゴン攻撃に関して所蔵している多数の監視ビデオを公開していないことや、洞窟で暮らすテロリストが時速500マイルより早い速度で大型機でペンタゴンに突入するなど不可能であることといったことを含めた重要な話題を、彼は扱ってくれるかも知れない。だが、ワールド・トレード・センターと第7ビル、特に第7ビルこそが内部の人間による犯行の最も明かな好例なのだから、ムーアがそれをなおざりにして、ペンタゴンにばかり専念するのは奇妙ではある。

華氏9/11の続編を制作したいというムーアの願望は、最新作のシッコが、興行的に失敗したこととも何か関係があるのかも知れない。ムーアは、マスコミが一致協力して潰そうとしていようと、9/11の真実なら楽勝できると悟っているに違いない。マイケル・ムーアは、ルース・チェンジが何度も繰かえし見られていることからの教訓、つまり何百万人もの人々が真実を望んでいること、そして彼等は真実を見いだそうと努力するであろうことを学んだのかも知れない。ムーアの続編のおかげで、そうした人々が近くの映画館にでかけるだけで済むようになることを期待しよう。

記事原文のurl:www.infowars.com/?p=2123  

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デビッド・レイ・グリフィン教授の新刊本の下記要約記事も参考に。

9/11の矛盾:チェイニーはいつバンカー(掩蔽壕)に入ったのか?

9/11 の矛盾: 教室のブッシュ大統領

9/11 のバーバラ・オルソンからの電話というテッド・オルソン報告と、それに対する3つの公式な否定

2008年5月11日 (日)

9/11の矛盾:モハメド・アタの三菱の車と彼の荷物

デヴィッド・レイ・グリフィン博士

The Canadian

9/11に関する 公式説明の中核は、この日衝突・墜落した四機の旅客機は、モハメド・アタが率いるアルカイダのハイジャッカーの一団によって乗っ取られたという主張だ。この主張に対する証明はこれまで提示されていない。だが様々な種類の証拠が提示され、その中でも最も重要なものは、攻撃後アタの荷物から見つかったとされるものだ。この荷物中の資料は、飛行機がアタや仲間のイスラム教徒たちによって乗っ取られたという疑惑を確認するものだと言われた。ジョエル・アッヘンバッハは、2001年9月16日、ワシントン・ポストの記事でこう書いた。

アタはワールド・トレード・センターに最初に突入したアメリカン航空11便を操縦していたと見なされている。ボストンのローガン空港にあった彼の荷物の中に残されたアタが書いた手紙には、彼が殉教者として天国に行けるために、自殺を計画していると書いてあった。荷物には、サウジのパスポート、国際運転免許証、ボーイング旅客機操縦法のビデオ教本と、イスラム教のお祈りの時間表があった。(“’You Never Imagine’ A Hijacker Next Door.”「隣人がハイジャッカーだなどと夢にも思わない」)

この発見は明らかに、アタとアルカイダによる事件を立件するのに大いに役立った。

だがなぜアタの荷物が、そこで発見されることになったのだろう? アッヘンバッハはこう言っていた。「当局は、アタと[アブドゥル] アル・オマリが、ボストンで車を借り、メイン州ポートランドまで運転して行き、月曜日夜、コンフォート・インの部屋を借りた . . . . 二人は更に、火曜日朝ポートランドからボストンの短距離便に搭乗し、11便に乗り継いだと考えている。」

だが一体なぜアタの荷物は、11便に間に合わなかったのだろう? 9/11のスタッフ証言は、余裕のない乗換であったことを示唆しており、こう語っている。「ポートランドへの寄り道のせいで、すんでのところで、アタとオマリがボストンを発つ11便に間に合わなくなるところでした。実際、彼等がポートランドでチェック・インした荷物は飛行機に間に合いませんでした」(スタッフ供述 No. 16、2004年6月16日)。9/11委員会報告が翌月現れた時には、しかしながら、この示唆は消えていた。実際、委員会は「アタとオマリはボストンに6:45に到着した」と書いた後で、「アメリカン航空の11便は7:45に離陸予定だった」と補足した。(9/11委員会報告[以下9/11CRと略す]、1-2)。

もしも荷物を運ぶのにほぼ一時間もあったのなら、なぜそれが積み残されたのだろう? 地上職員がうかっだったと考えることも可能だ。しかしながら、アメリカン航空はこう報じている。「アタは、アメリカン航空11便の81人の乗客の中で、荷物が便に間に合わなかった、たった一人の客だった。」(ポール・スペリー、WorldNetDaily.com、2002年9月11日)

しかし、さらに、より大きなミステリーがあった。一体なぜアタは、もしも9月10日に既にボストンにいたのであれば、わざわざポートランドに旅をし、一泊し、早朝の定期便に乗る必要があったのだろう? もしもこの定期便が一時間遅れていれば、アタとアル・オマリは、接続便に乗り損ねていたはずだ。すると11便を乗っ取るのにわずか三人しかハイジャッカーがいなかったことになる。アタは、おまけに、この便のパイロットとして指名されていたとされており、しかも彼は何年間もかけて計画した全体の作戦の首謀者だったのに、それで中止を宣言しなければならない可能性さえあったのだ。

一体なぜ彼がそのようなリスクの高い旅をしたのか、決して説明されていない。攻撃から一年後、FBI長官ロバート・ミュラーは、9/11問題の議会共同聴聞で証言して、こう述べた。

攻撃の前日、モハメド・アタは. . . アブドゥル・アジズと落ち合い. . . メイン州ポートランドまでドライブしました。二人は、南ポートランドのコンフォート・インにチェックインし. . . . 二人がそこにでかけた理由は、今日に至るまで不明のままです。(「記録のための証言」共同インテリジェンス委員会聴聞、2002年9月26日)

二年後、9/11委員会は書いている。「なぜアタとオマリは、9月10日の朝ボストンからメイン州ポートランドまで車ででかけ、結局はただローガンに、9月11日朝、5930便で戻るだけだったかについて、説得力のある説明となる、物理的、文書的、あるいは分析的証拠は皆無である」(9/11CR 451n1)。

そこで、ミステリーは二つあることになる。一体なぜアタはポートランドへのリスクのある旅をしたのだろう? そして、なぜ彼の荷物は、11便に搭載されそこねたのだろう? 拙著「9/11の矛盾」は、矛盾についての本であり、ミステリーではない。これらのミステリーに対する手がかりは、しかしながら、本格的な矛盾を調べることによって見つけ出すことが可能だ。アタのポートランド旅行の話は、9/11後すぐの報道に現れた話と矛盾するという事実だ。

大元の話: ボストンとブハリ兄弟

我々が知っている公式説明によると、アタは青い日産アルティマでポートランドまでドライブし、9月11日朝、ポートランドからボストン空港まで飛行機に搭乗し、有罪を示す証拠資料が、その日遅く、彼の荷物の中で見つかった。9/11以後すぐの数日間は、しかしながら、話は大きく異なっていた。

9月12日、あるCNN報道では、アタとポートランドからボストンまで飛行機に登場した男たちを区別していた。

警察当局筋は、ハイジャッカー容疑者のうち二人は . . . [フロリダ州、ヴェロ・ビーチに住んでいた、]兄弟で . . . 彼らの一人はアドナン・ブハリだと語りました。彼の写真も手に入れています. . . . 彼もヴェロ・ビーチに住むブハリ兄弟で、アメール. . . .警察当局筋は. . . ブハリ兄弟はボストンを発った二便のうちの一つに搭乗していたものと思われているとCNNに語り. . . . また、メイン州ポートランドで収用された自動車は、警察当局によると、ボストン、ローガン空港で借りられたもので、メイン州ポートランドまで運転されたもとだということをお知らせできます。現在、メイン州警察は、ハイジャッカー容疑者二人が[ポートランド空港]から飛び立つU.S. 航空便に搭乗していたことを確認しています. . . 更にFBIも二人のハイジャッカー容疑者を調査していました . . . 、モハメド・アタマルワン・ユセフ・アルシェヒ」(「攻撃下のアメリカ:どうしてそんなことがおき得たか?」スーザン・キャンディオッティ記者は「ローガン空港」と語ったが、彼女が得た情報は、USエアウェイズ便が出発する空港であり、それについては、メイン州の州警察が情報をもっていただろうポートランド空港についてのものだったはずだ。)

同じ日の別のCNN報道は、有罪を示す証拠資料が、ボストン空港にあった車の中で見つかったと語り、一方でポートランド空港でみつかった日産車について語りながら、それをアタとは結びつけなかった。:

警察当局は自動車がボストンのローガン国際空港で収用されたことと、疑わしい資料が発見されたことをを確認した。ボストン・ヘラルドは、車の中にはアラビア語の飛行操縦教習マニュアルがあったと報じました. . . . 一方、メイン州ポートランドで、警察は、飛行機でこの町からボストンに旅をした二人は、調査対象になっていた. . . . メイン州当局は、自動車が、マサチューセッツのナンバー・プレートを付けたシルバーの日産アルティマのレンタカーが、火曜日の晩、ポートランド空港で収用されたと語っています。 (“US Says It Has Identified Hijackers”「アメリカ、ハイジャッカーを特定したと語る」)

翌日9月13日、CNNはブハリ兄弟が日産車の借り手だとし、ボストンで見つかった自動車は、三菱の車であり、アタが借りたことがわかったと報道した。:

「彼等二人は兄弟だった、. . . アドナン・ブハリとアメル・アバス・ブハリ. . . . 二人は、ボストン、ローガン空港のアラモ・カー・レンタルで、シルバー・ブルーの日産アルティマを借り、メイン州ポートランドの空港までそれを運転し、そこで火曜日午前6時に、ボストンに戻るUSエアウェイズの5930便に搭乗した . . . . ローガン空港で収用された三菱のセダンは[モハメド]アタが借りたものだと、当局筋は語っている。自動車には、警察当局筋が調査の「役にたつ」と語ったアラビア語で書かれた飛行マニュアルを含む資料があった」 (“Two Brothers among Hijackers”)「ハイジャッカー中の二人の兄弟」)

同じ日の別のCNN報道は、警察当局は、日産に関連した文書から、ブハリ兄弟にたどり着いたのだと語っていた。(“Hijack Suspect Detained, Cooperating with FBI”「ハイジャック容疑者が拘留されFBIに協力」)。

問題発生

ところが、まさに同じ日(9月13日)に、CNNは訂正をし(「FBIは何人かのハイジャッカーを特定できたものと考えた」)、ブハリ兄弟のどちらも9/11に亡くなっていないと指摘した。アメールは三年前に亡くなっており、アドナンはまだ生きていると。CNNは「複数の警察当局筋からの情報に基づく」「誤報」を詫びた。

しかしながら、この発見によって、すぐさま話を完全に変更するには至らなかった。例えば、翌日(9月14日)、CNNはこう言った。「[アタ]が借りた三菱のセダンがボストンのローガン空港で発見されました。アラビア語の資料が車の中で見つかりました」(マイク・フィッシュ、「フロリダ州の飛行訓練学校学校はハイジャッカーを訓練していたのかも知れない」).

最終的なお話の登場

その同じ日、ところが、物語はより劇的に変化し始める。あるAP報道は、「ワールド・トレード・センターテロ攻撃の二人の容疑者」に触れてこう言っている。

ポートランドでこの便に搭乗した二人の容疑者のうち一人は、モハメド・アタ、33. . . . 男たちが使った2001年型の日産アルティマは、他の容疑者たちが使った他の自動車と同じボストンのレンタル会社のもので、ボストンのローガン空港で収用された際に有罪を示す証拠資料を載せていた。

メイン州に入ると、翌朝飛行機に搭乗するまで、容疑者たちは一夜を南ポートランドのコンフォート・インで過ごした。(“Portland Police Eye Local Ties”「ポートランド警察は、地元のつながりに注目」)

突然、日産アルティマが、ボストンに翌朝飛行機で戻ったアタと仲間によって、ポートランドまで運転されたことになった。だが後に一般に知られる物語となるものへの遷移は、まだ完全ではなかった。有罪を示す証拠資料は依然としてローガン空港に残されたレンタカーの中で発見されたのだ。だがこの自動車は、不特定の「他の容疑者」が借りたのだと言われており、アタが借りたのではないのだ。

完全な遷移は、9月16日、有罪を示す証拠がアタの荷物の中で見つかったというジョエル・アッヘンバッハによる上記のワシントン・ポスト記事によって行われた。

この新しい話に、間もなく、アタとアル・オマリが攻撃の前の晩にポートランドにいたという物理的な証拠を含む、様々な具体的な詳細情報が続いた。ある記事はこう書いた。

FBIは、木曜日[10月4日]、911ワールド・トレード・センター攻撃のハイジャッカー容疑者のうちの二人が、最後の時をグレーター・ポートランドで過ごしたことを示す詳細な出来事の記録を発表した。. . . . モーテルにチェックインした後、アタとアル・オマリが . . . 午後8時から9時の間に. . . ピザ・ハットで目撃されている。午後8:31に、二人はキーバンクの現金自動預払機のビデオに映っており、再度午後8:41に、ピッゼリア・ウノの隣のファースト・グリーンATMのビデオに映っている . . . . 。. . . 午後9:22に、アタはスカボローのウォル-マートにいるところをビデオ撮影されている。(“The Night Before Terror,”「テロの前夜」ポートランド・プレス・ヘラルド、2001年10月5日)

ミステリーと矛盾

この新しい話は、ブハリ兄弟が9/11には死ななかったという事実の発見によって生じた問題を解決した。なぜポートランド空港に残されたレンタカーから、警察当局が二人のハイジャッカーにたどり着いたのかの説明だ。この解決は、しかしながら、なぜアタがこのような旅行をしたのかというミステリーと、更には、有罪を示す証拠資料が、ローガン空港で見つかった、という広く報道された事実を説明する問題をも生み出した。この後者の問題は、それが11便に間にあわなかったアタの荷物の中から見つかったと言うことによって解決された。しかしこの解決案は、今度は、なぜアタの荷物は便に間に合わなかったのかというミステリーを生み出した。新たな話が直面する主な問題は、しかしながら、単純に それが当局が始めの数日間語っていたことと根本的に矛盾する、新しい話であるという事実だ。

9/11委員会は、この矛盾に、単純にそれを無視することで対処した。委員会は、ポートランド空港に残されていた日産の車に、FBIがアドナンやアメール・ブハリにたどり着けるようにした書類があったという初期の報告や、ブハリ兄弟がポートランドからボストンへの早朝の便に搭乗したこと、FBIは、ボストンのローガン空港に残された三菱の車の中で見つかった情報によってアタ(マルワン・アル-シェヒの場合と同様)にたどりついたこと、あるいは、この三菱の車から情報の宝庫が発見されたことに触れなかった。委員会はその代わり、あたかも、それがずっと語られ続けてきた話であるかのごとく、単純に、新たな話を語ったのだ。

議会とマスコミはなぜこの矛盾が存在し、なぜ9/11委員会がそれを無視したのかを問うべきだ。

著者について

このエッセイは、グリフィン博士がCanadianに寄稿した連載記事の三回目である。本記事は、グリフィンの著書9/11 Contradictions: An Open Letter to Congress and the Press(「9/11の矛盾:議会とマスコミに対する公開質問状(Northampton: Olive Branch、2008年3月刊)第16章の簡略版である。

記事原文のurl:www.agoracosmopolitan.com/home/Frontpage/2008/03/18/02267.html

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2008年5月10日 (土)

ブッシュ政権、ビルマ・サイクロン惨禍の悪用にうごく

2008年5月7日

Joe Kay

World Socialist Web Site

ブッシュ政権は、早速ビルマ(ミャンマー)の壊滅的惨事の活用につとめている。ブッシュ政権は、先週末ビルマを襲い、少なくとも20,000人が亡くなり 更により多数が亡くなっている可能性が高いサイクロン禍を、アジアにおけるアメリカの海外政策方針を強引に押し進める好機としてとびついた。

火曜日、ブッシュは、ホワイト・ハウスで、ビルマの反体制派指導者アウン・サン・スー・チーに連邦議会金メダルを授与する法案に署名をする特別式典を行った。破壊された国への、当初のしるしばかりの金額を越える、いかなる支援支払いについても、意図的に挑発的な条件を課するために、彼はこの機会を活用した。

「アメリカ合州国は、初期支援貢献はしたが、もっと支援したいと考えている」ブッシュは宣言した。「我々は、アメリカ海軍という資産を動かして、亡くなった人々の捜索、行方不明者の捜索、状況の安定化を支援する用意ができている。だが、そうするためには、軍事政権は、アメリカの災害査定チームの入国を受け入れなければならない。」

これまでの所、アメリカ大使館は、一人のソマリア人反抗者を殺害するのに、アメリカ海軍が先週使用したのと同形のトマホーク巡航ミサイル一発の半分にも満たない、わずか25万ドルの支払いを承認している。火曜日遅く、政権は、更に三百万ドルをアメリカ国際開発庁の災害対策チームに割り当てると約束した。

アメリカが、ビルマへの支援を、アメリカによるある種の要求を満たすことを条件にしているという事実そのものが非道だ。ブッシュは、なぜ更なる支援を行うために、アメリカ自身で査定をすることが必要なのか言っておらず、アメリカ軍が「状況の安定化」を支援するという約束は一体何を意味しているのかについても詳しく説明していない。アメリカ海軍艦船が介入しようとタイ沖に待機している。

こうした約束は、明らかに、無私の人道主義的な素振りとして意図されているわけではない。ブッシュ政権は、何年間にもわたり、ビルマ軍事政権の弱体化をはかっており、昨年の仏教僧侶による抗議を、ビルマとその支配者に対する経済制裁を課する好機として活用した。アメリカ合州国が、この惨事をビルマへの軍事的な足場を手に入れるために喜んで活用することは疑いようがない。

世界社会主義者ウェブ・サイトは、大部分が貧窮化した国に対し、独裁的支配を行っている残酷な政権であるビルマ軍事政権を決して支持するものではない。しかしながら、スー・チー支援を含む、アメリカやヨーロッパのたくらみは、ビルマ国民の民主的な権利や経済的福祉に対する懸念とは無関係なのだ。いつもの様に、アメリカ政府の人道主義的な装いは、アメリカの支配階級の利害と一致すべく入念に計算されたものだ。

ビルマの場合、アメリカは、この軍事政権と緊密なつながりを持ち、ビルマをインド洋への重要なアクセス地点として見なしている中国の影響に対抗することに関心があるのだ。ブッシュ政権に関する限り、ビルマ国民は、アメリカの戦略地政学的な目標を追求するための交渉材料に過ぎない。

シェブロン石油を含むアメリカの巨大エネルギー企業各社も、ビルマには利害関係をもっている。ブッシュ政権はビルマに対して経済制裁を課しているが、経済制裁は、子会社ユノカルを通したシェブロンによる数十億ものドル投資には影響していない。人権運動団体は、ビルマにおける虐待に対するシェブロンの連座は、同社のパイプライン経路を守るためのものだと非難している。

ブッシュ政権による声明は、アメリカ合州国そのものの国民を含め、世界中の人々に対する扱いという文脈でも、考慮されるべきだ。月曜日、アメリカのファースト・レディー、ローラ・ブッシュが、国民に警告し損ね、十分に災害に備えられなかった政府を非難する機会を利用して、サイクロンに対し、ホワイト・ハウスとして最初に反応を示した人物となった。

彼女は述べた。「危険の可能性を知っていたのに、ビルマの国営メディアは、国民にサイクロン進路について時宜を得た警告を発し損ねました。サイクロンに対する対応は、この軍事政権がビルマ国民の基本的な要求を満たし損ねている最近の一例に過ぎません。」

この発言の偽善と腐肉はあまりにも明白で、ひょっとすると、これは意図的な挑発ではないかと疑うほどだ。今年の8月29日で、ルイジアナ州とミシシッピ州を襲い、少なくとも1,800人が亡くなった大型暴風雨、ハリケーン・カトリーナ三周年だ。このハリケーンはアメリカの大都市ニューオリンズを破壊し、洪水をおこした。

連邦政府も各州政府も、何十年もの間、ニューオリンズにおける致命的な洪水の可能性を知りながら、避難計画は何も準備されておらず、閉じ込められた人々や、家を失った人々に対する計画も皆無だった。何万人もの人々が何日間もルイジアナ・スーパードームに閉じ込められたままだった。家を失った何千人もの人々は、米連邦緊急事態管理局(FEMA)の仮トレーラーに住まされたのだが、2007年には、これらのトレーラーが極めて高濃度の毒性化学物質ホルムアルデヒドを含んでいたことが明らかになった。

ハリケーン・カトリーナによってひき起こされたれた被害は、大半が防げたはずのものだったが、政府による全くの無関心と怠慢から、ニューオリンズの堤防体制は、必要な投資を拒否され、崩壊するままにされたのだ。これはアメリカ政府が「国民の基本的な要求を満たし損ねている」多くの例の一つに過ぎない。

下記も参照のこと。:
A new Asian disaster: cyclone kills tens of thousands in Burma
[7 May 2008]

記事原文のurl:wsws.org/articles/2008/may2008/bush-m07.shtml

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