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2008年3月 5日 (水)

イラクからの脱出:「帰るべき祖国にあらず」

Global Research、2008年3月3日
Inter Press Service

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マキ・アル-ナザールとダール・ジャマイル*

ダマスカス、3月3日(IPS)当局は逆の主張をするが、帰国するより人数よりも多くの人数のイラク人がイラクから脱出し続けている。

脱出した何千人もが、治安は非常に悪く、帰国は死を受け入れるのと同じだと言う。

「イラクに帰るかって?」ダマスカスのレストランで働いている35歳のイラク人エンジニア、アフメド・アルワンは言う。「あんた、帰るべきイラクなんてありませんよ。イラクは、夢と思い出に残っているだけさ。」

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、昨年九月、シリアだけでも120から140万人のイラク人亡命者がいると報告している。

大半は、アルワンのように、帰国するつもりはない。

「最後のアメリカ兵士とイラン人のムッラーが去るまでは決してイラクに帰らない」とアルワンは言う。「イラクは今や彼らの国で、私たちのものではない。帰国することがあるとすれば、イラクの真の自由のために戦うと決心した時だけだろう。」

シリアのイラク人亡命者は、イラクにおける治安の欠如、電気水道の欠如、将来への不安、イラク人政治家への不信、家を失ったことについて語る。大半は、単に帰国するのを恐れているのだ。

先月発行された国連難民高等弁務官の報告はアメリカの主流メディアの報道やブッシュ政権の主張とは矛盾し、帰国するイラク人の方が、出国するイラク人よりも多いとしている。

報告は、2006年二月から2007年十月の間に、シリアは毎月30,000-60,000人の難民を受け入れたと言う。国境アル-タンフの入国管理職員は、一月後半にイラクからシリアに入国するする人々の一日平均は1,200人であり、一方、イラクに帰国する人々の平均は700人以下だと言う。

「多くの暗殺がバグダッドを含むイラク中で起きていて、軍事作戦は依然として2004年と2005年と同じように遂行されています」バグダッドにある携帯電話会社の治安顧問であるナイル・ムフィードはIPSに語った。「社員にバグダッドからアンマンに移動することが、このような脆弱な治安状況では絶対に不可欠だと助言しました」

「仮に地域によっては治安が良くなっているというのを信じるにしても、他の地域では悪化しているのを知っており、しかも、それがある地域から、別の地域へと突然変わるのです」モスルからの校長退職者で、今はシリアへの避難民であるファルーク・ムニムはIPSに語った。

「私の町、モスルは、アメリカ人や政府諜報機関と無関係な人々にとっては安全でしたが、モスルに対する新たな攻勢を正当化するために、ペシュメルガ(クルドの民兵組織)とアメリカ人が実行したジンジッリ近傍での爆発後の今は誰にとっても安全ではありません。」

バグダッドの北300kmのモスル市は、クルド民兵と南部イラクのイラク軍に支援されたアメリカ軍による大規模封鎖下にある。スンナ派の本拠地であるこの都市は、そこがクルド人都市であるという主張を裏付けるため、市内のアラブ人多数派を粛清しようと狙うクルド人民兵の標的となっている。

シリアにいる多くのイラク人は、留置されるのが恐ろしくて帰国しないのだと言う。

「800人以上が最悪の条件下で拘留されているのに、連中(アメリカ軍)はファルージャも今は安全だと言うのです」現地警察のお尋ね者リストに載っている25歳のオマールは、IPSにそう語った。「私がファルージャ警察のお尋ね者になっているのは、2004年のアメリカの犯罪を取材に来た外国人記者達を手助けし、アメリカ人がファルージャを破壊するのを手助けしたイラク人がいたと証言した目撃者を紹介したからにすぎません。800人の囚人のうち少なくとも750人は、レジスタンス戦士ではなくて、占領軍やその尻尾に協力することを拒否した人々です。」

イラク人は、占領軍に協力するイラク人のことを、普通「アメリカ人の尻尾」と呼ぶ。

帰国するイラク人にとって、帰国の理由は、状況が良くなっているという認識とはほとんど無関係だ。

「私の名と社名を匿名にしてくれれば、帰国するイラク人について全てお話しましょう」ダマスカスのある旅客輸送会社支配人はIPSに語った。「不動産を確認したり、年金や給与を引きだしたり、あるいは他の必要性から人々は行き来しているだけなのに、マスコミは彼らを帰国する人々であるかの様に報道するのです。」

「手持ちの金がなくなった時に帰国した人々もいます。特に、帰国すればイラク政府がお金をくれると約束してからは」とその支配人は言った。「そうした約束が全て単なる嘘だと分かって、彼らの多くはシリアに戻ってきました。一方、北部と南部のイラク人は、イラクの至る所での軍事作戦ゆえに、国外に逃げています」

イラクに帰国するイラク人に関する別の国連調査では、「46パーセントの人々は、シリアに滞在している余裕がないため、25パーセントは、シリアの厳しいビザ政策の犠牲者になったと言う。わずか14パーセントが、治安が良くなったと聞いて帰国すると答えた。」

経済的理由で帰らない人々もいる。

「こちらの方がイラクより物価が安いのです」5カ月前にシリアに逃れてきた38歳の主婦ハナ・ジャバールはIPSにそう語った。「灯油一リットルがイラクでは一ドルしますが、ここでは10セントです。これもイラクでの暮らしがどれほど大変かという一例にすぎません。子供たちは安全に学校に通い、他の子供たちと遊んでいて、子供たちが死ぬことを私は心配せずにすみます。私たちを受け入れてくれるシリアとヨルダンに神のお恵みを。私たちをこんな目にあわせるアメリカとその同盟国に神の呪いを。」

今日ダマスカスの多くの通りでは、シリア人よりもイラク人をみかけることが多い。シリア人は働きにでているのに対して、大半のイラク人は失業しているという理由も有る。彼らはインターネット・カフェーや、喫茶店や街路にたむろして、あらゆる仕事を探している。

「私は家族を一月につれて帰りました。」とバグダッドの商店主で、今はダマスカスの難民であるラスール・ムサはIPSに語った。「私達が戻った最初の晩、アメリカ兵が我が家を急襲し、全員を一室に押し込め、狙撃兵が我が家の屋上から人々を狙撃しました。決して忘れることのできない恐ろしい夜の翌朝、私はこちらに戻ることに決めました。」

ダマスカス特派員マキは、アメリカに拠点を置く我がイラク専門ライターで、イラクと中東から頻繁に報道しているダール・ジャマイルと、緊密に協力して働いている。


 

ご支援に熱く感謝いたします。


本記事の英語原文urlアドレス:www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=8246

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